FAKE 1




【side:BJ】


翌朝。

ジュニアが目覚めると既にケビンの姿はなく、気遣いからかカーテンは閉められたままだった。

眠ったのは午前4時過ぎ。手にとった目覚まし時計は午前9時になろうとしている。
朝と言うにはやや遅いが、とりあえずモーニングコーヒーでも淹れるか、と着衣を調え寝室を後にした。

時間が時間なのと寝室にもリビングにも、ケビンのマスクがなかったことで、トレーニングでもしているのだろうと思いつつ、一人キッチンに立ち…気付く。
テーブル上に置きっぱなしにしたカップやティーポット等が元あった場所に並んでいた。

ジュニアは家事というものが全般的に苦手であったが、ケビンは最低限のことは出来、何かと気がついては色々とやってくれる。勿論、ジュニアが頼まずとも先を読んで自主的に、だ。
感謝はしている、だがそこまでさせて良いものかと考えてしまう。

(とりあえず近いうちに何か礼をしないとな・・・)

まだ残る眠気からの気怠さを持て余しつつ、ジュニアは適当にいれたインスタントのコーヒーを片手に、一人椅子に背凭れた。
座る前にケビンも誘おうかと思ったが、邸の中にいる気配は感じられない。

「どこへ行ったんだか。あいつもまだ眠いだろうに」

帰ったわけではない、リビングの隅にケビンのボストンバッグが見えるからだ。
地下のトレーニングルームを無断で使うことを許していたが、邸内にいないとなればロードワークにでも出ているのだろう。


熱いコーヒーを一口飲み、ふうと息をつく。
ケビンに対しての行動・・・昨夜は少し行き過ぎたか、と思い返した。
ジュニア自身も、まさか自分があんな行動を取るとは思わなかった。ケビンを一瞬でも愛しく思えたのは確かだが、成り行きとは怖いものだと改めて感じた。
不思議と全く嫌ではなかった。むしろ自然とそういうことが出来てしまった自分に驚いている。

(あれでは好き合っている者同士と大して変わらないのではないか?)

ケビンの気持ちを知っていながら、きちんと答えもせずにあんな状況を作ってしまった以上、多少の罪悪感は否めない。
何故なら昨夜のケビンは、明らかにジュニアに対して欲情していたからだ。

いつからなのか。

彼が自分に求める愛の形は、決してプラトニックな関係ではない。だからこそ迂闊には応えられない。気持ちだけ受け入れる、というわけにはいかないのだ。
答えをまだ待たせているだけでなく、おかしな、いや、男ならではの生理的な我慢までさせている・・・心も身体も健康で正直な若者が、笑顔の下で悶々としていると思えば、さすがに胸が痛む。

男同士だから、という括りは既にジュニアには無い。

「嫌いなら、一緒に寝たりしない。キスも出来ないだろう普通は」

思わず独り言が口から出てしまい、慌てて周囲を見渡し1人であることを確認すると、ジュニアは温くなったコーヒーを一気に飲み干した。
そして。
空いたカップを手にキッチンへ向かいながら、直面しているもう一つの事態に思考を切り替える。


――明日また来る。――


ラーメンマンらは、そう言い残し帰って行った。
勘弁してくれ、とジュニアはひとりごちるも、そういえば何時に来るのかはっきりと聞いていなかった。夕刻迄には来るというような誰かの言葉を聞いたような、聞いていないような・・・
いっそ留守にしてしまおうかとも考えたが、すぐに却下する。

ケビンが来ているのだ。

ジュニアの留守中にケビンが戻り、そこへ彼等が訪ねて来たら・・・ケビンが余計なことをしたり、彼等が父であるロビンマスクに報告したら・・・それは絶対に避けなければと思う。

洗ったカップを食器棚に戻しつつ、ケビンが来るたび置いていく揃いの洋食器類を眺めてみた。
このカップもケビンからのプレゼントだった。

やがて棚を背にしたジュニアは、

(何でどいつもこいつもオレなんだ)

と心の中で毒づいてから、やけに高い天井を仰いだ。



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