Reach your heart.
「おまえにはまだ、色々聞きたいことはあるが・・・今は無粋だろうからやめておく。これはひとまず預かるということでいいか?ハイそうですかと貰うわけにはいかん」
「そいつはもうあんたのものだ、好きにすればいい。オレもそれと同じだ。これからずっと、あんたの為にだけ存在し、戦い、笑い、泣く、どこにいても心はあんたの傍らにある。ちっぽけなカップと馬鹿な若造だが赦し……っ、ブロッケンJr.・・・・!」
いきなり、何を思ったかJr.はケビンを抱き締めた。
「勘違いするな、これは礼だ」
「……何?」
「おまえが本気なら俺も全力で受けて立つ。俺に好きだと言わせてみろ。あまり時間はやれないがな」
「さっきああは言ったが何年もかかるとは思えない。あんたはすぐオレに惚れるさ」
「フン、それは、どうかな」
顔がまた近くなり、直視出来ずにケビンは目をつむってしまった。
それを合図にしてか…
ケビンの唇に温かく柔らかな感触が押しあてられた。
「ん…っ」
驚いて少し身じろぐと、ケビンほどではないが現役超人レスラーさながらの逞しい腕が、ケビンを包みこんだ。
そして、もう一度、先刻のような甘く深いくちづけを。
名残惜しげに二つの唇は離れたものの、ジュニアは抱擁を解かなかった。
「ケビン」
「・・・ん?」
うっとりとした気分でいるところに耳元で囁かれ、くすぐったさにケビンは首を少しすくめた。
「おまえとキスをするのは嫌ではないと、さっきも今もそう思った。だが、まだ・・・」
「わかっている。今はそれだけでオレは嬉しい。なぁ、この心臓、柄にもなくドキドキしているんだが・・・わかるか?」
「ああ…伝わっている」
抱き締めたケビンの背に、鼓動の響きと微かな息の上下を感じ、Jr.は何か懐かしさにも似た感情を覚えた。
はるか昔の、遠い記憶にこんなことがあったように思う。
が、ケビンに話そうとは思わない。
お互い肩に首を乗せて抱き合う格好で…二人は心からそのぬくもりに安らいでいた。
ふとジュニアが横を向くと、鼻にケビンの長く柔らかな金髪が触れる。
引き寄せられるようにその首筋辺りに顔を埋め、ジュニアは目を閉じた。
「良い香りがするな…」
「そうか?」
「ああ、優しい匂いだ…ケビン、もう少しこのままで…」
「少しどころか永遠でも...こんなに幸せな気持ちになったのは初めてだ」
*****
風向きが変わったのか、開け放した窓のカーテンがわずかにたなびきだしていた。
陽の光を存分に浴びた庭木の香りがそよぐ風に乗って運ばれてくる。
置かれたままの金のカップ(トロフィー)に、一枚の葉が風に乗りすっと忍び込んだ。
しかし二人は気付くこともなく、いつまでも抱き合っていたのだった。
【Reach your heart.】完
…to be continue…