Reach your heart.
ケビンはふと手を伸ばしJr.の袖口を掴むと、握りしめられたままの拳を自分の両の手のひらで包んだ。
それは、微かに震えているようだった。
Jr.はそれを振りほどくでもなく、そのままで口を開いた。
「俺は…こんな形で情に流されたくはない。今すぐには何も答えをやれない。わかってくれ…」
「じゃあ…ひとつ聞く。オレはあんたの恋愛対象にならないのか?」
「…ああ。そうかもな…そもそも恋愛自体が俺には無縁のものになって久しい。相手が誰であろうが今更…考えられん」
「では遊びならいいのか?」
「おまえを相手に遊んでどうする?俺はそんな馬鹿な真似はしたくない」
若い頃からこんな男だったのだろうか。
ケビンは現役時代の彼の女性ファンの多さを話に聞いていた。
黙っていても女に不自由したことはなかったのではないかと思う傍ら、このストイックな男なら…超人レスリングに関することしか頭になく、次は酒浸り、そしてジェイドを育て…
女と関わるどころか婚期すら逃したのも頷ける。
しかし、先刻のキスは、決して不慣れな男のするようなものではないと思えた。
仕掛ける瞬間ですら確実に読んでいた気もする。
「じゃあ…誰とでもするのか?さっきみたいな…キスを。そのホーネッカーのように」
「それは…」
Jr.はケビンを見、息を詰めた。
「どうなんだ」
ケビンはあからさまに嫉妬している、自分の過去の相手に。
そう思えたからこそ言葉に迷う。
「・・・ああいうのは、誰ともしたことはない。俺は多分どうかしていたんだ。何故なのかは判らん・・・すまない…」
Jr.は腕を組み俯く。
完全に拒絶の態度にみえる。
「なんでいちいち謝るんだ!」
すまない、など何に対してかもわからないというのに。
自分の気持ちに答えられないからなのか、それともはずみであんなことをしてしまったことへの罪悪感なのか。
「何か言え!」
ケビンはその煮え切らなさに、微かに憤りを感じた。
「・・・・おまえがふざけているわけではない事はわかった。だが何も返す言葉が浮かばない。喋れば喋るほど俺はおまえを不快にさせてしまうだろう…」
近くのソファーにJr.はよろよろと近寄り、俯いたまま浅く腰をおろした。
そして、再び、すまない、と呟いた。
この人は…
ケビンに閃きにも似た感覚がわく。
この人は本気で考えている。
それでも今ここですぐ、自分が寄せる想いを完全に拒否しようとはしない。
その気がないのなら、拒絶を言葉にするなら、今が一番良い機会だというのに…
引いたら駄目だ、とケビンはもう一度気持ちを引き締め、そして固めた。
自ら結論を提示することを。
「わかった。要はあんたがオレに惚れればいいんだ。好きにならせてやる、絶対にだ!」
思った台詞そのままを口にしてからやや強気すぎたとも思えたが、ケビンに悔いは全くなかった。
「ケビン、何を…おまえ何を言っているんだ」
顔を上げ呆然とケビンを見つめたジュニアは、夢から覚めた子供のような表情のまま固まった。
「それが一番いいと思う、あんたにもオレにも。あんたは今日からオレを見ていてくれ。絶対に好きだと言わせてみせる。その為ならどんな努力でもする。汚い手は使わない、正攻法でいく」
「無茶言うな…!何故おまえはそこまでする」
「本気だからだ。そうだ…これを」
部屋の入り口に置いたバッグから、ケビンは何か布で巻いたようなものを取り出した。
そして、そのままJr.へと差し出す。
「…なんだ?これは」
「開けてみてくれ」
大きなTシャツでそれは二重にくるまれている。
しかもやけに重く、ごつごつとしていた。
Jr.は膝に置く形で、それを包んでいる布地を無造作に剥がしていった。
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