Reach your heart.




「ケビン?何だ?」

息がかかる近さで、不思議そうにJr.が問う。
ケビンは無言でその頬を手の平で包んだ。
先刻握手した手はひんやりとしていたが、頬は暖かい。
Jr.はケビンにされるがままだったが、ふとその手に自分の手を重ねた。

「…おまえ…こんなことをして、まだ何を迷っていると?」

見透かしたように、Jr.が自らケビンの唇に指で触れた。

「…っ!」

輪郭をなぞられ、閉じた唇の間にJr.の指先が入り込む。

「…なにを…する・・・」

「うん?どうした、こういうことがしたかったのではないのか?」

判られていた、また。
ケビンはどきりとして、思わず目をみはった。
見つめあっているだけでは足りない。
触れているだけでも足りない。
Jr.が言うように、そういう「こういうこと」がしたい。

「ケビン…」

Jr.はそっと名を呼んでから、ケビンの唇に自分のそれを近付け、ゆっくりと重ねた。
触れ合わせるだけの短いくちづけで離れていくJr.を追いかけ、ケビンは今ならばこそと、自分から唇を押し付けた。
繰り返すうち、ただ重ね合わせているだけでは物足りず、数回目でJr.を抱きしめ、深くかみつくようなくちづけになった。
身体がぞくぞくし、下半身が熱を持つのがわかる。
やはり、男なのにJr.に対し欲情している自分を、今度こそはっきりと自覚した。
この人を「そういう対象」として見ている自分を。
他の誰にも感じたことのない初めての強い欲求だった。

Jr.の腕もケビンの背に回り、逆転するかのように力をこめて抱きしめる。

「…ケビン、これは“同志のキス”か?それとも…」


同志のキス。
それはベルリンの壁に描かれた、絵。
正しくは「独裁者のキス」という。
今はもう昔…旧ソ連書記長ブレジネフと盟友であった旧東ドイツ国家評議会議長ホーネッカーの、有名な男同士のキスを描いたものが、ベルリンの壁にあった。
このホーネッカーという男は、同志だと認めた相手には男でも構わず激しいディープキスをすることで知られてたという。
壁画はそれを如実に物語っている。
ゆえに「同志のキス」とJr.は例えたのだ。
ケビンとてドイツの事を少しは調べていた為、それ位の知識はあった。

「違う、オレはあんたが好きだからしている」

「そうか。それなら…」

Jr.は微笑し、角度を変えてケビンに口づけた。
そして唇を割り、ケビンの舌を探った。

「ん…っ、」

疼きが止まらないケビンは知らずうちに呻いていた。
息が荒くなる。

舌が触れあうと、Jr.にされるがままそれを差し出し、お互いに絡め合った。
初めてのキスに目眩したばかりなのに、こんなに濃厚で深いものになるとは。
あの壁画の男二人のように、平然と出来るようなものではない…

身体中の力が抜けていくのがわかる。
混濁する意識の中でも、ケビンの熱はやまない。
それがわかったのかJr.は唇を離しても、腕の中にケビンを納めたままでいた。

「…ブロッケンJr.」

熱をもてあまし、身を少しよじりながらケビンがJr.を見上げる。

「これでもまだ「同志の」ではないと言えるか?」

「ああ。オレは本当にあんたが好きで」
「そこまでだ、ケビン。もうよせ」

その先は言わせまいとするようにJr.が口を挟んだ。

「どうしてだ?オレは正直に…」

「それは過ちだ。おまえは勘違いをしているだけなんだ」

ぐい、と身を離され、Jr.が立ち上がる。
追おうとしたケビンは足にも腰にも力が入らず、そのまま床にへたりこんでしまった。

「あやまち…?かんちがい?」

力なく見上げ、Jr.の言葉を反芻するように問う。

「そうだ、おまえは間違っている。おまえはまだ人の心に触れたことも、触れられたこともない。俺は確かにおまえの中に踏み込んだかも知れんが、俺は…おまえに道を誤らせたくはない。早く正気に戻ってくれ」

「どうしてオレが間違ってるんだ!?オレはあんたが好きだ!だから来たんだ。会いたかった、そして自分の気持ちが寸部も間違っていないことを確信した。勘違いなどではない。何故わかってくれない?!」

「おまえは男に…しかも30以上も歳の離れた俺などにうつつを抜かして、おかしいと思わないのか」

「オレがあんたを想っちゃいけない理由は歳なのか?若造など相手にならないと?それとも同じ男なんかに惚れられて嫌…なのか」

聞いておきながらケビンは答えを恐れ身震いする。
先程までの熱は冷めてゆき、代わりに言い知れぬ恐れに支配されていく。
Jr.は短い沈黙のあと、ケビンを見つめ重い息をつく。

「…どちらでもない。確かに俺たちが男であることは否めない。そういう趣味も俺にはないしな。いま言えるのは、未来あるおまえが、半ば世を捨てたような俺などに関わっている場合ではない、ということだ」

「そんなのはオレが決める。男同士など珍しくもない時代だしオレの人生だ。今も未来も、あんたしか…あんただけしか欲しくない!」

Jr.はケビンの叫ぶような告白と気迫に圧倒され、何か不思議なものでも見るかのようにケビンを見つめたまま動けなかった。

「男だの歳がどうだのが枷にならないのならば、オレにはあんたを好きになる権利がある。オレは真剣に告白した。だからあんたも真面目に考えて答えなくてはならない。違うか?聡明なあんたのことだ、わからないとは言わせないぞ!」

「ケビン…おまえ…本気で、そんな馬鹿なことを」

Jr.は戸惑うような声で呟き、額にかかった前髪をくしゃりと後ろへ撫で付けた。

「あんたオレが嫌いか?」

「…嫌いなら…あんなことは、していない」

「ならば好きか?」

「好きかと聞かれれば、正直言葉に迷う…俺はいい歳をした男、しかも何もかもが突然だ。軽々しくは答えられない」

「・・・・」

唇を咬みケビンが押し黙った。
そして椅子を支えにするように立ち上がると、ほんの少し低い位置にあるJr.の目を見つめた。
それは、苦悩にひそめられた眉の下、きつく閉ざされている。



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