Reach your heart.
「…今日は少し暑いな。窓を開けようか」
話題をを変えよう、という意味でもあるかのようにJr.は立ち上がり、部屋の大きな窓を全開にした。
風が殆どないに近く、今日は気持ち良いほどに晴れ渡っている。この時期の英国より暖かい。
真昼の頃で太陽がほぼ真上にきているせいか、陽射しは屋根と木々に隠れ強さは和らいでいたが、これから傾き始めれば閉めきった部屋では暑く感じそうだ。
そのままJr.は窓辺の椅子に座り、そこにあった先刻まで読んでいたらしき本に栞を挟んだ。
そして、
「そこ、風は届くか?」
とケビンに問い掛ける。
「あまり…」
仮面の内側はいくら慣れていても熱がこもれば暑い。
ケビンは少し周囲を見渡し、それからJr.を見つめた。
「どうした?」
「…これ…外してもいいか?」
手をかけているのは仮面だった。
「おまえが良ければ好きにすればいい」
言われて頷き、ケビンは仮面を持ち上げ、そしてテーブルの隅に静かに置いた。
「おまえ…」
Jr.が躊躇いがちに声をかける。
「人前で丸々素顔をさらしても大丈夫なのか?何か掟のようなものが・・・確かロビンの一族は…」
「あんなことにオレは縛られちゃいない。だからいいんだ…まぁ普段は一人の時にだけだが、いまは別・・・・あんた、いや、あなたの前ではこの仮面を外していたいと思った」
「フッ、あんた、で構わん。おまえに「あなた」などと呼ばわれるとどうも調子が狂う。それにしても…」
なかなかの美男子なんだな、とJr.は微笑んだ。
ケビンは確かに中性的な顔立ちをしていた。
大きな身体にはやや不釣り合いな小顔に、くっきりとした目鼻立ち。意思の強そうな眉の形。女性のような上品な口元。
母親似のそれらがケビンのコンプレックスでもあった。マスクマンでよかったとさえ思っている。
Jr.が『なかなか美男子』言ったのは世辞ではなさそうだ。現に、「俺が若い頃なら羨んだろうな」等と呟いている。
「しかし、あれだな。おまえは色々な意味で見かけと違うぞ」
「そうか…?」
「ああ。だがその方がいい。俺など分かり易すぎて自分でも嫌になる」
「いい、と思う。あんたはその方がいい…だから好きになった、・・・・ッ」
ケビンは慌てて口を塞いだ。いま自分は何と言ったのか。間違いなく「好き」だと口にした。しかも「like」ではなく「love」という単語を用いて。
長年温めていたものを、こんな風に軽々しく言葉にするつもりはなかったというのに、だ。
「面白いことを言うなぁ、おまえは」
しかし言われたJr.は、ただ笑うだけでケビンの胸の内など知るよしもない。
ケビンの思いは昂りはじめていた。
好きだというのは言葉のあやでも社交辞令でもなく、笑って聞き流されては困る。
ずっと密かに温めていた想い・・・・これこそが恋心なのだとはっきりと自覚してきたのだから。
「ブロッケンJr.、真面目に聞いて欲しい」
ケビンは立ち上がり、窓際のJr.の側に椅子を引き、間近に座った。
「なんだ?やっと本題を話す気になったか?」
真顔に戻ったJr.が少し背筋を伸ばす。
ケビンの表情がさっきまでと違うことに気付いたからだ。
「オレは…あんたに会う前からあんたを知っていた。三歳の時にダディのアルバムで見た」
「写真?」
「そうだ。オレにはあんたが一番…いや、一人だけに興味を持ったんだ」
「何故だ?いつのどんな写真か知らんが、コスチュームか、それとも…」
「あんた自身にだ。写真の中で笑っていた。とても印象的で、惹かれた」
ケビンは自分で何を言っているかわからない状態になっていた。
「おまえ…何を言っているんだ?」
そんなケビンの言葉だから、Jr.には尚更理解不能だ。
「だから…単刀直入に言えばあんたが好きだ、となる」
話が飛びすぎて、一体どういう理屈なのかJr.には解りかねた。が、それでも口を開く。
「好きもなにも、そりゃ嫌いと言われるよりはいいんだろうが…おまえに好かれる理由や意味がどうもわからんな」
ケビンは意を決して、あの日のように全てを打ち明ける準備を整えた。
そして一気に出る。
「あの入替戦で…初めて会った時…あんたはオレの心の奥を見抜いた。誰にも読まれたことのない仮面の内側を、あんたはまるで透けて見えているように読んだ。今日もだ」
「確かにおまえはマスクマンで顔は見えない。だが、不思議と内面のオーラが見える気がする、それを言葉にしてみただけだ。あとは長年の勘か。それらがたまたま当たっただけだろう」
本当のことだ、と付け加えJr.は目を伏せた。
「それでもオレは嬉しかった。誰にも理解されずにいたオレの気持ちを、あんたは瞬時に察知してくれた。一度目は偶然でも二度目、三度目は必然になる。オレは本当に感激したんだ。そして素直な気持ちにさせてくれたのがあんたで、よかったと思う」
息つぎもなしに早口で喋り、口を閉じれば喉がカラカラになっているのに気付く。
それでもこの話を中断する気はケビンにはなかった。
「…それで俺を、その…好き、だと?」
「それもあるが、さっき話したように、オレはずっと昔からあんたが気になっていた。どんな超人なのか直接会って知りたかった。あの日、オレはそれを果たせはしたが…今日はただ自分の気持ちを確めに来た」
「確めてどうだったと言うんだ?俺はおまえに気に入られた、というわけか」
Jr.の、あまり温度を感じられない言葉にケビンは苛立ちを感じた。
「そんな意味じゃない。もう…回りくどいことはやめだ」
ケビンはJr.の腕を掴むと自分の方へ引き寄せた。
そして、その顎をとらえ…瞳をじっと見つめた。
「…つまり…」
「なんだ?」
あと少しの距離で唇が触れあう位置でケビンは躊躇してしまった。
嫌われはしないだろうか?
おかしな奴だと笑われないだろうか?
そんな不安がまた頭をよぎったからだ。
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