Reach your heart.




「・・・噂で…あなたが1人になったと…ジェイドから離れたと、少し聞いて、驚いた。誰の目にも仲良さげに見えたというから」

ケビンの目にもそう映っていたが、あえて他人事のように言ってしまった。「仲良さげ」を認めたくない心理がそのまま表れたのだろう。
対するJr.はコーヒーを一口飲み、そして、ふっと目だけで笑った。

「いつまでも弟子離れ出来ない師匠と思われたくはない。俺はいささか過保護だったかも知れんが、あいつに教えられたよ…もう一人前で、独りでもやっていけるのだと」

その笑みが一瞬寂しそうに見えたのは目の錯覚か。ケビンは何度か瞳をまばたかせた。気のせいではないように思う。
10年も共に過ごしたのだ、情が残っていないわけはない。

「おまえのところも…ウォーズがいなくなったそうだな?いや、おまえにとってはクロエ、だったか」

「ダディへの恩義で俺をオリンピックで優勝させる為にいただけだ…俺は元から一匹狼だからな、クロエにいつまでも居てもらっては困る」

「一匹狼、か。そうだな、おまえはヒールな部分が目立つものの本当に強い。オリンピックも万太郎に…キン肉族に土を付けた。称賛に価する。今更だが、優勝おめでとう、ケビンマスク」

テーブル越しに差し出された握手の手を、ケビンはおずおずと握り返す。
Jr.の手はひんやりとしていた。体温があまり感じられない雰囲気の人だとは思っていたが、ケビンは改めてそれを実感した。
手の冷たい人は心が暖かい人だと何かで読んだ。彼は確かにそれに当てはまる。心はとても暖かく、優しい。

「脱線してしまったな…おまえの話とやらを聞かせてくれ」

会話を引き戻されてケビンは戸惑った。
何から話せばいいのかわからない。
(他愛のない会話ならば難なく出来るというのに・・・・どうするか)

しばしの沈黙が流れ…ケビンはたったひとつのこと以外、言葉を失ってしまったように感じた。
今回は誰も、絶対に気付きはしない。導いてもくれない。
だからと相談すべきような事でもない。
自分だけでどうにかしなくてはおさまらない…
伝えて、彼に必ず伝わらねばならない。でなければ意味がないのだ。

Jr.は、ケビンの沈黙をさして気にするでもなさそうに、ゆるく腕組みした格好で椅子の背にもたれていた。

「そうだ…あの時の、礼をまだ言っていなかった」

ケビンは、やっと一言目を口にした。

「礼?」

なんのことかわからない、という顔でJr.がケビンを見つめる。

「俺に全てを…マルスのことを打ち明けることが出来たのは、あなたのおかげだ。オレ一人だったなら恐らく手遅れになっていただろう」

「何かと思えばあの日のことか…俺は礼を言われるようなことは何もしていない。おまえに勇気があっただけだ、ケビン」

腕を解いてJr.はテーブルに肩肘を付き、手に顎をのせ少しだけ身を乗り出した。
その表情は穏やかに笑んでいる。

「…やさしい、んだな。思っていた通りだ」

「なにが何だと?」

Jr.はポカンと口を開け、ケビンを怪訝そうに見た。

「あなたは優しい人だと言った」

Jr.は思わず吹き出した。
ケビンからそんなことを言われるとは露ほどにも思っていなかった…にしても、ケビンの内面の明け透けさにいささか驚いた。
笑いかけて、「いや、すまん」と咳払いをひとつしてから、

「優しくなどあるものか。俺は元・残虐超人だぞ?ジェイドにも鬼さながらに当たってしまった。誰かにやさしいなどと言われたことは、ない、な…」

言葉尻を濁しつつ、Jr.は困ったように、もしくは照れているかのように…口元を少し歪めてみせた。
返す言葉を見つけられないケビンは、黙って仮面の中で少しはにかむ。
もし人がこの光景を見たなら、見合い中の男女のようだと例えるかも知れない。

そして再び沈黙が訪れる。




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