Reach your heart.


*****



ベルリンへ行き、ブロッケンJr.に会う。

その日が来た。

ケビンは誰に告げることなくドイツへ向かった。
迷わず、心のままに。



いざドイツ入りしたケビンだったが、下調べもせず来た為に住所も電話番号も知らない。
「有名な人だ、そこいらで聞けば何とかなる」
と、ベルリン市内で幾人かに声をかけ聴き込みをした。
さすがに電話番号は分からずとも、屋敷の所在地はすぐに判り、郊外の其処へは思っていた以上に安易に辿り着けた。


何も考えまいとしていたが、いざ門前に立つと様々な思いが沸き起こる。

聞きたいことが山ほどある。言いたいこと、話したいことも。

「勇気ある超人はつねに正直であるものだ」

ブロッケンJr.のあの言葉を何度か繰り返し呟いてみる。
正直に話せば伝わるのだろうか?
この想いは理解されるだろうか?

塀も樹木の葉も、その奥の建物も寒々として目に映り、他人の訪問を拒んでいるかのように感じる。が、ケビンは思考するのを止め、深呼吸を数回…・・そして抱えていたバッグを肩にかけ直した。


一歩、二歩。
ゆっくり進み、また立ち止まる。
そしてあの、初めて出会った日をもう一度だけ、と思い返す。
誰にも言えなかったマルスのこと。
自分はしがらみを乗り越え、正直に勇気を振り絞り全て話した。
何より、ブロッケンジュニアが気付き、解ってくれたから。
この背を押してくれたから。
傍らにいてくれたから。
あの時のケビンは決して一人ではなかった。

ずっとずっと前に、まだ幼い頃に一目で気になった人。
だからこそあの出会いには運命すら感じた。
全て話したい。
痛む場所を全て打ち明けて…それから…

「・・・・ここまで来て結果を恐れてどうする!」
意を決し、ケビンはブロッケン邸のドアを叩いた。



*****




「わざわざこんなところへ・・・・おまえが俺などに一体何の用だ?まぁ適当に座っていてくれ」

突然現れたケビンに嫌な顔ひとつ見せず、ブロッケンJr.は居間に通した。
今朝は早起きをしたからと、彼は午前中を読書にあてていたという。

「すまない、連絡もせず突然…」

目の前に置かれたコーヒーカップを見つめ、ケビンはすまなさそうに大きな身を竦めた。

「それは別に構わん。独り住まいで隠居の身だからな」

「独り・・・・、では、あれから一度も?」

「うん?何がだ?」

ケビンは言いにくそうに少し間を置いて、
「ジェイド」
と名前だけ口にした。

「ああ…あいつは退院後も日本にいるようだな。早く落ち着く先が決まればいいが」

「ここにはもう戻ってこないのか?」

「さあな。少なくとも俺はもう師としての役目は終えた。オリンピックで奴が病院へ運ばれて行くのを見たのが最後、あれ以来、互いに連絡すらしていない」

「そう、か。そうだったのか」

「どうしたケビン?おまえと会うのは二度目だが、今日も何か迷いを秘めているようだな」

「疑問が・・・・幾つか」

ジュニアは二杯目のコーヒーを二つのカップに注いだ。

「俺に話したいことか?でなければこんなところへ来るわけなかろう?」

あの時の、また、人の心を読むような目と口調でジュニアはケビンを見つめた。
ケビンは余計に何も言えなくなり、視線を外してふいと横をむく。

「おまえはわかりやすい男だな、ケビン。仮面でも何故だか…おまえの中の、素の部分というものかな…それが俺には少し見える気がするんだ。あの日も、今も」

ジュニアは屈託なく笑った。

「長年共に暮らした弟子の気持ちもよくわからなかったというのに、おまえのことは判る気がする…どうしてだかな」

「ブロッケンJr.…」

「何があった?」

何から話そうか、本人を前にケビンの頭は再び混乱し始めている。
まずは、差し障りのない何か。
何かとは?何からがいいだろう?


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