Reach your heart.




そろそろ最初のアクションを起こしても良い時期だと思えたのは、心身共に回復してきた頃だった。


引きこもりから2ヶ月近く経った夜、シャワーを浴びながら鏡に映る自身を見、外見だけは悪くないのではないかと思えた。
もちろんバスルームゆえ、仮面は外している。
顔、上半身、下半身、それぞれ見える範囲内でじっくり眺めながら、そういえばこんな風に自分の顔や身体を、気にして見たたことなどなかったと思い返した。


「どうせならブロッケンJr.に素顔を見せたい。いつかキスをしようという段階で仮面をとったらブサイクだった、なんてフラレ方だけはしたくねぇしな。念のためヒゲだけは剃っていくか」

以前よく『化粧を落としたら別人だった』という女が巷に多いという実話を聞いたり何かで読んだりした。そんな時ケビンは、仮面を外さない超人もそれと同じだと笑っていたが、実際にどちらも経験していない。
この『どちらも』は、女性と関わったことも無く、人前で仮面を外したことも無いことを指す。

「女には元々興味すらない・・・だが男が好きなわけでもない。恋だの愛だのオレはよくわからないままこの歳まで・・・・いや、ブロッケンJr.には惚れていた、気付くのが遅かっただけさ」


髪を洗い終え、熱いシャワーで全身を流してからバスルームから出た。
普段ならバスタオルで全身を拭いた後、もう一枚乾いたタオルで髪をガシガシと拭いながら脱衣所を後にする。
だが、その夜は洗面台の鏡で再び自分の顔を見、何パターンか角度を変えて溜め息をついた。

「友達ならツラは関係ねぇが・・・・ブロッケンJr.がこのツラを見てどう思うかやたらと気になってきたな。悪くはないと思うがイケメンとまではいかないだろ」

どの角度が一番良いか?の次元とは違うコンプレックスもある。見れば見るほど親に、特に片方に似てきた気がした。

「マミィに似ただけマシだが女顔は・・・・ちょっと、な」


タオルドライした髪は、ベッドへ行く前のストレッチングが終わる頃には、すっかり乾いていた。
毛先の痛みが少し気になり、明日にでも適当に切ろうと思いながら、運動用の服を脱ぎ捨て素肌にガウンだけを羽織り、ベッドに潜り込む。
ロンドンはもう寒くなる時期、来月には雪がちらつくかも知れない。

「・・・・オリンピックの後に情けなくも入院・・・・帰国して祝賀イベントが続き、それからこの部屋を借りた。ということはもう2ヶ月以上か」

オリンピックの本選では、ドイツ代表で駒を進めたブロッケンJr.の弟子とは別ブロックにいた。ゆえに生では予選会場で遠目に姿を見たのが最後。
初めて会った入替戦はその前年、指折り数えて優に約1年半以上はブロッケンJr.を見かけもしない。
元気でいるだろうか?、とその姿を思い出すたび、そわそわと落ち着かない気分になる。だが就寝前にブロッケンJr.を想うのは既に日常的になりつつある。


「ドイツも雪が多いと聞く・・・・真冬になる前に会わなければ下手すりゃ2年ぶりになっちまう。そんなには待てないな、よし!」

手探りで携帯電話を摂り、カレンダーを表示して暫し考えた後、ケビンはポチポチと小さな音を立てて何か打ち込んだ。

「さっさと行動しなければ不安ばかりが募ってしまう!アポ無しだがこの日にベルリンへ行く!地元民らに訊けば屋敷の場所はわかるはずだ」

運悪く不在だとしても、ブロッケンJr.が帰るまでは自分も帰らないで待つ。


(Break the wall.だ。ブロッケンJr.、オレの壁を壊してくれ!これだけは貴方にしか出来ない!)

携帯電話を握りしめ心の中で叫んだ後、「もう何も考えまい」と呟いてタオルケットを頭まで被った。
時刻はいつもより少し早めの22時。


その携帯電話のカレンダーには、
『ベルリン、ブロッケン邸訪問』
と打ち込んでいた。日付は明後日。

長く葛藤して過ごした日々は何かの為になったのか、丸きり無駄だったのか、今はまだ判らない。
・・・・が、翌朝からのケビンは嫌な想像も都合の良い妄想も一切しなかった。

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