Reach your heart.





公私共に全くと言えるほど予定を入れずにいれば、日付や曜日はもちろん時間にも縛られることはない。完全に自由(フリー)の身。だが、自由というのは決して何もかもから解放されることではなく、実際に経験した者にしか判らないがほんの一時的なものでしかない。
自由だと思う日々も時間も『別の何か』によって突然、あっさりと奪われてしまう。

趣味といえる趣味も持たないケビンにとって、自由ではあるが何の変哲もなく過ぎて行く時間は、初めこそ解放感に満ち溢れた安らぎの時であった。
―――が、曜日が一巡した辺りから、睡眠中を除く時間の大半は自分自身と問答し続けるようになり、度々頭を抱えては懊悩し始めた。
相談相手は誰もいない、居るのは己自身のみ。ゆえにいくら自問自答しようが答えは出ず決意も出来ず、同じことを何度も何度も繰り返し繰り返し考えて1日が終わる。
例え思考だけでも何かに囚われてしまえば、それはもう真の自由人とは言えない。


(オレは一体、何を何からどうすればいいんだ?ドイツへ行きブロッケンJr.に会って?今更あの日の礼を言えば気が済むわけじゃあないだろう?この胸の内をどんな風に話せばいい?それ以前にオレは・・・・彼に何を望んでいるんだ?)


いくら考えてもまとまらない思いを抱えながら、1日また1日と過ぎて行く。
ブロッケンJr.に会うだけなら今日でも明日でもベルリンの屋敷を訪ねれば可能だろうが、何も考えず焦って行動してしまえば話したいことも話せない気がした。

(オレは彼と、どうなりたいんだ?年の離れた友人か?いや、最初はそこからが妥当だが・・・・最終的には・・・・まただ、淫らな妄想ばかりしてしまう。オレは断じてゲイではないがブロッケンJr.を想うと・・・・認めたくないが、つまりオレはゲイなのか?)


妄想の行き着く先は決まって仮面を外した自分が、ブロッケンJr.とキスをしたり抱き合ったりと、『それらしき』ことをしているのだ。
つまりケビンはブロッケンJr.と『そういう仲』になりたいということで、憧れにも似た淡い想いは倒錯した恋であり、やや歪な愛ともいえる。


(だからといきなり告白なんか出来やしない。ブロッケンJr.は未婚のはずだがゲイだという噂は聞かないしな・・・・しかしそれとなく伝えるだけなら、いや、友人のような付き合いをしていればいつか・・・・駄目だ、無理は承知でも期待してしまうぞオレは)


最初に会えたあの日はマルスの件でいっぱいいっぱいだった。
しかし、ブロッケンJr.から声をかけられた時、背後に着席された時、共に大会本部へ向かう道すがら、ケビンは自分の思いを恋だと認めながらも打ち消そうとした。
どうせ叶わない想いだからと今まで何度、胸の内に仕舞いこんだことか数知れない。



彼の人がもし、今のケビンを見たならば、あの日のように声をかけるだろうか?
何かあるなら話してみろと促すだろうか?
遠慮なく打ち明けたとすれば、どんな言葉を返してくれるだろうか?

その言葉は再びケビンの救いとなるのか?



(会わなければ何も始まらず、何も・・・・終わらない。また偶然出会う機会などあるかないか、いや、そんなアテにもならん日など待つものか!オレからアクションを起こすしかない、オレが会いに行くしか、ないんだ)


誰にも教えていない部屋、連絡先を、わざわざ探し当ててまで来るような仲ではない。
オリンピックも終わり、ブロッケンJr.の日常に『ケビンマスク』は何の関係もなく、再び大きな試合でもなければ思い出しもしないだろう。



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