Mr.Right

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prologue

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それは父・ロビンマスクの古いアルバムだった。
息子ケビンマスクが3歳になって間もなく、大切そうに書庫から出してきたもの。
父親の膝に座り、色褪せたフィルムのページをいたずらに繰る小さな、しかし超人の子供らしいしっかりとした手指。

こらこら、まだこの話は終わっていないぞ?

仮面の下で笑う父・ロビン。
小さな手が、前のページに戻そうとする父親の指を掴んで必死に止める。
そうしながら、ケビンはまだ慣れない自らの青い仮面の中から、じっと一点を見つめ動かない。

どうした、ケビン?

掴まれた指をそっと握り返し、ロビンがその視線の先を追う。
そこにあったのは、懐かしい仲間達と数人で撮った、彼にとっても思い出深い大切な一枚でもあった。

ダディ、このひとはだれ?

たどたどしくケビンが指さしていたのは一人の男。
ロビンは、ああ、と頷いた。

彼は…いや、まずはこの写真を撮った時の試合の話をしようか。

ケビンは、父親の説明がいつもやたらと長く難しいことをよく知ってる。
いつ、どこで、何が、から順序づけて、なかなか幼い息子が聞きたいことを…例えばお伽噺のクライマックスを勿体振るように…すぐに話してはくれない。

ケビンは幼いながらも父親の長講釈が嫌いだった。
ならばと、本来は移り気な子供の興味は次から次へといくものだが、ケビンは生まれつき集中力のある子供だ。
興味のない話は聞いているふりをして、一点だけを見つめ続ける。
左の黒っぽい超人は何度か家に来たことがある。
見かけによらず優しい人だ。
その隣の超人は去年、子供が生まれたとかで家族で撮ったフォトカードを送ってきたアメリカ人。
中央にはダディ・ロビンマスク。
その逆隣の超人はチャイニーズで、たまにテレビで見かける。
ケビンが先刻指を差した、今も一心不乱に見つめているのはその横…右端の、一人だけ笑顔を見せている人物だった。
マスクをつけていないため表情は一目瞭然である。
色白な顔に白い歯を浮かべ、微笑むというより楽しくて笑っている風にみえる。
全体的にとても印象的な男だった。


窓からさす春の、ポカポカとした陽があまりにも暖かく、父親の話はまだまだ核心に迫りそうにない…と、幼いケビンはついうとうとしてしまっていた。
いくら集中力があるとはいえ、まだ小さな子供。
こくり、と首が落ちればハッとして目を開ける、を繰り返す。
なにやら話し続ける父親は、それが息子の相槌だと勘違いをし、尚も雄弁になる…
もうたまらずに、ケビンは少し大きくかたかたと動く仮面の中、ほんの少しと決めて目を閉じた。

そう、もう少し話が進むまでだ。
せめてなんとかマンのあたりまで説明がくる位のところで目を覚ませばいい…
目を閉じても写真の男の姿はもうケビンに焼き付いている。

「…ケビン?なんだ寝てしまったのか。正義超人界でも歴史に残る戦いの話であったのにな」

またにするか、と呟いてフォトアルバムを閉じ、父親はそっと息子を抱き上げた。

「おまえが指していた男は、ドイツのブロッケンジュニアという。良き仲間だった…」
ケビンに囁きかけるように言うと、その手がぴくりと動いた。
が、起きたわけではなさそうだ。

「人間でありながら超人でもあった…あの熱血漢の話をおまえは聞きたいのか」

そこでロビンはふと仮面の下で眉をひそめる。
風の頼りにきいたこの男の現在(いま)を思う。
在りし日の友情をもってしても、誰もあの男を救えはしないだろう。
平和をあれほど望んでいたはずなのに、その平和がこの男を絶望に追いやった。
なんたる矛盾だろうか。


抱き抱えたケビンを妻に預け、ロビンは脇に挟んでいたアルバムを再び書庫へ戻しに向かった。


そして時は十数年、流れる。


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