贈った色々な何か


※Dive!~in to the your arm~/R


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「レーラァ。質問があるんです」


ある朝、朝食後の席で、オレはずっと前からの疑問をぶつけてみることにした。

レーラァはコーヒーを飲みつつ読んでいる新聞から顔も上げずまま、なんだ?とだけ短く返してきた。
いつものことだけれど、せめて会話する時くらいはオレのことを見てほしいなんて思うのは、不遜だろうか?

「あの、昔、レーラァが空を飛べたっていうのは本当なんでしょうか?」

「それがなんだ?」

え…?
もっと何か違う反応があると思ったけれど、レーラァは平然と聞き返してきた。

「レジェンドの皆様は、かつては空を飛んで移動したりしたんですよね?もちろんレーラァも」

「まぁ、そうだが…それがどうした」

レーラァの抑揚のない口調、なんだか面倒くさげに聞こえる。
それでもオレはこの話、やめたりしないですよ?

「オレはあなたに何も教わらなかったし、ファクトリーでも空を飛ぶ授業はありませんでした。オレ達、新世代超人は誰も飛びませ…いえ、飛べないと思います。一体何故なんでしょう?」

「今更どうでもいいではないか、そんなことは」

テーブルに身を乗り出してもレーラァは全く動じてくれない。
そこでオレは、いきなりではあるものの、以前からやってみたかったことを実行しようと決めた。

「レーラァ。今日はトレーニングに付き合って下さいませんか?場所とメニューは決めてあるんです。是非あなたに見ていただきたくて」

新聞紙が次のページに捲られて、
「午後にな」
と、相変わらず顔を見せてもくれず声だけが返ってきた。

そんな冷たいレーラァでも、オレは好きで好きでしょうがない。
レーラァだってオレを好きなはずなのに。

超人も人間も関係なく、オレたちみたいな『同性』の『カップル』でも、状況さえ弁えればいつも『ラブラブ』というのはアリだと思う。
というか、そうなりたい!

でもレーラァは、
「抵抗がある」
「そういうのは苦手」
と言い続けて譲らない。

それでももう少しこう…発展して、せめて『ほのぼの』とした日常を期待しているのだけれど、まだまだそこに至るには遠いような気がして時にツライ…

その上、最近あまり構ってもらず、夜のアレも拒否され続けていたりで、オレは少し鬱憤のようなモノが溜まってきている。
だからなのか、無性にレーラァを困らせたくなった。
さっきした幾つかの質問は、そのキッカケ作りにするのにピッタリだと思ったんだ。




初夏の澄み渡る青い空と、少し強めな太陽の日差しが燦々と降り注ぐ午後。

「いいですか?レーラァ、行きますよ!」

お屋敷の庭で一番高い木の太い幹に立ち、地上でオレを見上げるレーラァに、言葉と動作で合図を送る。

「ジェイド!止せ!!」

「練習ですよ、あなたが教えてくださらなかったからいけないんです」

「だからといきなり、そんな高い所から飛び降りるなど無茶だ!せめて下にマットを敷くなり準備してから…」

「要りませんよ、落ちても怪我などしません。オレだって超人なんですよ?レジェンドが飛べてオレ達が飛べないわけないでしょう?やってみたら出来るかも知れないじゃないですか」

レーラァはとても心配そうにこちらを見上げている。
例え落下しても無難に着地出来る高さだというのに。
さっきまではただ地面を蹴って飛び上がったりしていたけれど、低空中で少し静止は出来ても、飛行移動は出来なかった。
そんなオレを傍らでずっと見ていたのに、レーラァは難しい顔をしたまま、アドバイスひとつもしてくれなかった。

レーラァが意地悪だからいけないんですよ。
だからオレはムキにもなるんです。

「ジェイド!!」

ああ、とても心配そう。

「とりあえずやってみますから!レーラァはそこで見ていて下さいね!」


何度か深呼吸して、オレは青く広い空へ向かい思い切り高くジャンプ………したまではいいけれど、気付いたら手足をバタつかせたまま落下し、着地の姿勢を取るのも遅く、ドサリと音をたてて地上のレーラァに受け止められていた。

「この馬鹿が!そう簡単に飛べるようになどなるものか!」

レーラァはオレの落ちた勢いと重みで押し倒された形だったけれど、その身をもって受け止めてくれていた。

「す、スミマセン、レーラァ。お怪我はないですか?!」

「別になんともない。それよりジェイド、何をしている」

「え?いいじゃないですか。もう少しこのままでいさせてください」

いつもはオレがレーラァを勝手に抱き締めてしまうけれど、逆の(シチュエーションはともかく)こんな形もいいなぁ、なんて。
傍目から見たらオレが庭でレーラァを押し倒し、レーラァがオレを抱き締めてくれている……この状況は、なかなか美味しい気がする。

「ああ、レーラァ。こんなふうにお庭で、っていうのも良いと思いませんか?」

何を、と聞くほどレーラァは鈍感じゃない。

「おまえは…っ!次から次へと馬鹿なことばかり…さっさとどけ!」

思いっきり引き剥がされて、ついでに蹴飛ばされそうになって。さすがにそれは勘弁、とオレは渋々立ち上がった。

「じゃあ今度はもっと高い場所から飛んでみます。もう一度見ていて下さい!それで何か少しでもアドバイスくだされば、後は自分で特訓しますから!」

土を払いながら立ったレーラァ(オレが手を差し伸べたのに振り払って…)に笑いかけて、オレはより高い木を選び登った。

「ジェイド!待て!」

制止なんて聞こえませんよ、オレは飛びたいんですから。

さっきより高い位置で再びレーラァを見下ろせば、降りてこいと何度も呼ぶ声が聞こえた。
お願いしても教えてくださらないのだから、あなたのお願いも聞けませんよレーラァ。
オレは大きな声でレーラァに「行きますよー!」と言い放ち、雲ひとつない青く澄みきった空へと、高く、高く、飛びあがった。





意気込み虚しく結果は同じで、また受け止めてくれたレーラァにさんざん怒られ、その日の練習は強制的に終了させられてしまった。
だけど、地面へと堕ちていきながら、オレはとても眩しい景色を見た気がしたんだ。
何を、どんなふうに例えたら良いだろう?
もう一度見えたら、わかるかも知れない。



翌朝は思うところがあっていつもより早起きし、暫く使っていなかった裏庭のプールを掃除して水を入れた。

レーラァは何も言わずオレを窓から眺めていたけれど……やがてプールサイドまで走ってきた。

簡易的に造ってみた高めの飛び込み板、の上にオレが立ったのを見たからに違いない。

「レーラァ!」

笑顔で手を振るオレがこれから何をしようとしているか、とっくにバレていますよね。

「ジェイド!そんなことをしても無駄だ、飛べやしないぞ!」

「いいえ、今日は飛び方のコツか何かが判るまでやります!失敗しても下はプールですから大丈夫です!」

もう一度レーラァに手を振り、オレは勢いよく弾みをつけて空へと舞い上がった。


空が蒼い。すごく気持ちがいい………と思ったのは束の間。
やはりと言うべきかオレは下の、プールをめがけてダイブの姿勢を取るしかなく……


そのとき。
レーラァがプールへ軍服姿のまま飛び込み、下降するオレに向かい両腕を広げるのを見た。

ああ、昨日みたあの眩しい景色はこれだ。
レーラァがオレを受け止めようと大きく広げたその両腕は、いつか幼い頃に見た海の彼方の地平線のようで……空を飛びたかった筈が、今はそこを目指し堕ちていきたいと思っている。


「レーラァ!」

「ジェイド!!」

何故か落下の速度が気にならなくなった。
そして、レーラァのすぐ真上でオレにかかる全ての重力が、一瞬なくなったような気がしたけれど………オレは自分の意思でレーラァの作る地平線に向かい、思いきりダイブした。



二人してプールに沈んでずぶ濡れになり、そのままお屋敷に戻ってシャワーを一緒に浴びた。
少し邪な気分になったのを見透かされたのか、、
『何かしたら当分の間、別々に寝るぞ』
と釘を刺されてしまい、残念だけれど過度なスキンシップは自重した。


バスルームを出ると、少し居間で休もうと言われ、オレは二人分の飲み物を持ってレーラァの側に腰掛けた。

昨日からの無茶苦茶ぶりについて謝罪しなければ、と口を開きかけた時、

「役に立てない師匠で、すまなかった」

と、先に詫びられてしまった。
勝手に拗ねて、少し困らせてみたいと思ったオレが誰より悪いのに。
確かに一時はレーラァを責めたけれど、筋違いだとすぐに気付いたし、本心からではなかった。

「いま一度、昨日の話をしよう、ジェイド。おまえが問いたいことに全て答える」

さあ早く問え、と促され、オレは重い口を開いた。

「何故あなたは飛べたのですか?教えてくださらなかったのは、オレには無理だと思われたからですか?」

「おまえがどうこうではない。実は、俺自身よく覚えていないんだ。どうしてどうやってと聞かれても、気付いたら自然に飛べていたとしか言えない。だから教えようにもこればかりは…」

レーラァはとても複雑な表情を浮かべていた。
ではどうしてオレ達、新世代超人が飛べないのか?という疑問にも、おそらく答えはないだろう。

羽ばたく翼があるのに飛べない鳥がいるように、いつしか飛行しなくなった超人は、世代交代を期に退化したということなのだろうか?
それとも現代に適応すべくした進化なのか。


「そんなに空を飛びたいか?ジェイド」

黙り込んだオレを気遣うように、レーラァがまた先に口を開いた。

「少し時間をもらえるならば、誰かに詳しく聞いてみるが…」

「…いえ、もういいんです。困らせてしまってごめんなさい、レーラァ」

「そうか?まぁ、またどうしてもという気になった時は、俺も真面目に付き合おう」

ああ、やっぱりレーラァは優しい。
鬱憤や欲求不満から出た悪巧みに近いものだったのに、最後までオレを見放さず、フォローまでもしてくれて。

そんなレーラァは、何か考えるような顔をしながらオレを見つめ、

「もう随分と俺も空を飛んでいない。おまえの前で恥をかきたくはないが……可能であればいつかおまえを空の散歩に連れて行ってやる。それで今回は許してくれないか?」

と、すごく嬉しいことを言ってくれた!

「本当ですか?!オレ、とても楽しみにしてしまいますよ?!」

「ただし、俺は荒っぽいんだそうだ。大王様のお墨付きだからな。どこかで落とすかも知れないぞ」

やっとレーラァが笑ってくれた。

「大丈夫ですよ、オレがあなたを離しませんから」

もうこの話題は終わりにしよう。
プールであなたに辿り着く直前に感じた、あの不思議な浮遊感はもしや…というのは気のせいだったことにして、言わずにおこう。
でも、昔憧れた遥か海の彼方の地平線…それはあなたそのもので、そこにオレは辿り着けた。そう感じたことは気のせいにするつもりはない。
あの時の眩しさは忘れない。


空を飛ぶことは出来なかったけれど、どんな時でもレーラァはオレを受け止めてくれると判った。
それだけで充分嬉しい。

飛べなくてもいいじゃないか。

これからもずっと、永遠に、オレはあなたに向かってダイブすればいいのだから。
例え宇宙の彼方から隕石のように堕ちてきても、マッハのスピードで落下しても、あなたはきっと駆け付けて両手を広げ、優しくオレを受け止めてくれる。


オレがそんな妄想に耽っているうちに、レーラァは、また新聞を読み出した。

こんな時間を『ほのぼの』と表現しても、あながち間違いではないと思いませんか?レーラァ。
なんだかこんな雰囲気はイイなぁ、なんて。


とりあえずは…

今夜はあなたの寝込みを襲って、ベッドにダイブしますよ。

どうか受け止めてくださいね。
ずっと、ずっと、永遠にオレだけを。





………END………



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