頂いた小説(シンリン様より)
□私と猫とお相撲さん
「…鳴き声?」
出会いは唐突に。
何時もと同じ仕事をこなし、何時もと同じ道を通って帰る…今日も特に何もなく過ごす、そんな帰り道。
「…ミャー…ミャー。」
朝はなかった段ボールが、道端に置いてあるのを発見してしまった。
「…猫?仔猫じゃん。」
中を覗けば、一匹の小さな命。
まだ生まれてそんなにたっていないのか体は小さく目も開いていない。
(捨て猫だよね…?)
回りを見ても親猫の姿はない、この近くは民家が立ち並んでいるが人通りは少ない為、車に轢かれる心配はないが…。
(…可哀想だけど、飼い主は私よりいい人いるよ…多分。)
無気力で無関心だと自分でも思う、昔はもっと色んなことにキラキラしていたような気もするが、今は仕事以外はどうでもよく感じている。
(じゃあね…帰ろ。)
猫はそのまま置いて、家への帰り道を進む。
5分ほど歩けば私が住むアパートが見えてくる、裕福と言うわけではない比較的安い質素なアパート、仕事場まで徒歩15分と近く一人暮らしを始めてから5年ほど住んでいる。
家に帰って、何時ものように珈琲でも…。
(雨…?)
いつの間にか降りだした雨がベランダを叩き音を奏でる、テレビを点ければ雨はまだ降り続くと天気予報が言っていた。
脳裏に浮かぶのは必死に鳴き声をあげ生きようとしている仔猫の姿。
(やっぱり駄目…見捨てられない。)
私は慌てて傘をさして段ボールの場所に向かう、たしか家から5分位の距離にあったはず。
雨は段々強くなっている全力で必死に段ボールまで走れば、そこには人影があった。
普通の人よりずっと大きな体の男性、肩にかけた和傘に隠れて顔は見えないが筋肉質な体形はどうみても一般人に見えない、さらに何かを両手で撫でている。
(だだだ…誰?)
本当は逃げ出したい、しかし猫のためと雨の中佇む男性に恐る恐る近づけば、私に気が付いたのか彼が顔を私の方へ向けた。
黒目は無く厳つい印象だが整った顔の男性、さらに頭は特徴的な形に髪をゆってある。
「たしか…、お相撲…さん?」
彼の両手の中には小さく声をあげながらも安心しているように体を預ける子猫。
「この近くの稽古場に向かう途中で見つけてな、俺の家は寮なもんで…持って帰れなくて困っていたところでな。」
彼は罰が悪そうに頭をかくと仔猫を見せる、初めの怖い印象から優しさがどこかにじみ出て悪い人ではなさそうに見えた。
「よかった…。」
無事だった仔猫に胸を撫で下ろせば、今更ながらかなり雨に濡れている事に気づく。
「まて、濡れてるぞ…大丈夫か?取り敢えず近くに稽古場があるしちょっとよっていけ。」
「えっ…と、そこまでは…。」
「風邪を引かれると夢見がわるいだろ、仔猫も寒そうだしな。」
「あ…はい。」
「じゃあ決まりだな、俺の名前はウルフマンだ、おめえさんの名は?」
「…涼華。」
「涼華か、わかったとりあえず付いてこい。」
ウルフマンに案内され路地をひとつ曲がっただけなのに今まであることに気がつかなかった広い稽古場が現れた。
「今日の稽古は休みで誰も居ねえから、安心して入れ。」
扉を開き中にはいれば、テレビでしか見たことがない土俵、その近くに板場がありどちらも広くとても立派な作りをしている、彼からその辺に適当に座るようにいわれ端の方に座る事にした。
(土俵とか、はじめてみた…でか…。)
仔猫を優しく撫でながら回りを見ていれば、ウルフマンは奥の部屋に入ると何処からかタオルを持ってきて、体の水滴を取るように渡してくれた。
「ありがとう。」
水を取りつつ、仔猫に新しくタオルをかける、すこし動いたあと大人しくなり規則正しくお腹がうごきはじめる、どうやら眠ったようだ。
「そんでな、悪いんだがこの猫飼うってことできねぇか?」
「はい、いい…ですよ。」
ウルフマンは眉を上げて即答した私に驚いている。
断る理由はない、もともとそのつもりで走ってきたのだから。
「本当か?」
「はい、そのつもりで来ましたし。」
「そうか、…ごっつあんです。」
「いえ、タオルありがとうございます。」
外をみれば雨が小雨になっている、また強くなっては困るので早めに出ることにした。
「おっ小雨になったようだな、近くまで送るぞ。」
「じゃあお言葉に甘えます。」
お相撲さんと一緒に帰るという端から見たら吃驚するような体験のあと仔猫は私の家族になりました。
彼と出会ってから数週間後のこと。
我が家に迎え入れた仔猫はすくすくと成長している、今日も朝から猫じゃらしと格闘し餌を食べ毛繕いをしていた、そんな仔猫を見ながら私は会社に向かう準備をする。
「おう、おはよう。」
「あ…おはよう。」
外に出て職場に向かって歩き出せば、ランニングをしていたであろうウルフマンに声をかけられた。
彼とは仔猫の一件から朝によく声を掛けられるようになったのだ。
「そういや涼華んとこは、服作ってるんだっけか?」
「うん、アクセサリーとか装飾品も扱ってるけど。」
「おぉ、そうか。」
あまり深く話したことはないが、彼は超人相撲の力士で横綱を目指しているらしい、まだまだデビューしたての新人だが毎日稽古を頑張っていると聞いた。
(年齢聞いたらもうすぐ二十歳とか…私の方が年上だったし、超人って年齢が分かりにくいな…。)
「それじゃ、仕事頑張れよ。」
「…はーい、ウルフマンも頑張ってね。」
彼もトレーニングの途中だったのだろう、わかったと軽く右手をあげると稽古場の方面に向かって走り出す。
(見た目パワー重視なのに凄く速いな~。)
服の上からでもわかる程の鍛え上げられた筋肉、正に鋼のようだと思う、それがこの脚力を生み出しているんだろう…。
(あ…そんなことより仕事遅れる!)
ウルフマンには到底及ばないが職場に向かってはしりだした。
「おはようございます!」
私は被服関係の仕事についている。
大手で大量生産をするのではなく、一つ一つ手作りのオーダーメイドで服や装飾品を作っているのだ。
「涼華ーおきゃくさんよ~、行ってきてもらえるかしら?」
「はい!」
動物好きの店主と数人のスタッフで運営している小さな会社は値段より質がいいと地元で評判のお店になっている。
そんな会社に私が入社したのは高校を卒業してすぐ、親には凄く反対された…親元を離れること、それに親の望んでいる仕事に付かなかったことに。
(今なにしてるかな…。)
たまに寂しく思うが帰るつもりはない。
「そうそう、涼華をご指名だから張り切ってやってちょうだい。」
(誰だろう…?)
「って、ウルフマンさんだったんですか。」
「おう、俺の服を仕立ててくれ。」
店先に現れたのは朝にあった男、ウルフマン。
始めにかかれた注文書を確認していく。
「えーっと、スーツ一式ですね。」
「色々集まりがあるみたいでな、俺も期待の新星としてがんばらなくてはならん。」
「わかりました、では此方の条件でお受けすることになりますがよろしいですか?」
簡単な見積もりを出せば彼は納得し、頷いた。
「ああ。」
「それでは、まずは採寸をしますね。」
テキパキと部分ごとのサイズを計り記録していく。
超人サイズは初めてなのでわくわくしてくる、なにもかもが大きい。
「…なんつうか、生き生きしているな。」
「ん?あー、うんまぁこれが私ですしね。」
「それ以外が倒れそうなのは元からか?」
「さぁ…、そっちも私ですし。」
私は仕事以外は無気力である、この前帰り道で偶然会った時は倒れるんじゃないかと心配もされた。
「しかし、よく私の職場わかりましたね。」
「まーな、たまたま親方が進めてくれたんだ、いい店があるってな。」
その後も取り留めのない会話をかわしつつウルフマンは帰っていく。
(生き生きしてるか…ちょっと嬉しいな。)
数日後、ウルフマンは出来上がったスーツを気に入ってくれたみたいで、その日からよく来るリピーターになってくれた。
数ヶ月後
「決まった!合掌捻りだー!」
「おー優勝してる。」
テレビに映ったウルフマンは横綱になっていた、一気に有名になった彼はより一層輝いているようだ。
あのあと、スーツを作ってからも朝にランニングをしているウルフマンによく声をかけられていた、さらに此方も見かければ声をかけるようになった。
最近は猫のおかげか日常生活…特に帰宅中も生き生きしてきたと…やっと見れるようになったとか、彼からよく言われるようになった。
(こんなに元気のいい子といっしょにいればね。)
今日は仕事が休み、更にたくましくなった猫と猫じゃらしで遊びながらふと思い起こす。
(ウルフマン、ここ数日見てないなぁ…あれ?一週間以上だっけ。)
優勝してからは、中々インタビューとか営業とかで出かけることが多いのか朝に会うことが少なくなった、最近は更に注目を浴びるようになったため、姿を見かけ無くなっていた。
(…ちょっと外にでもでようかな。)
外は青空が広がっていた、いつも声をかけてくれた人が居なくなるのはちょっと寂しく感じる。
(猫のエサとか買いにいこうかな…たしか会社をちょっと過ぎたところだな。)
何時もの会社に行く道を歩く、胸の中に寂しい気持ちを隠したまま…猫を拾ったあの場所に近づけば見知った人影が見えた、驚いて胸の内に嬉しさを隠しつつ近づけば、ウルフマンが立っていた。
「あ…涼華か。」
「久しぶり…おめでと、横綱だっけ?」
「あ…ああ、久しぶりだな。」
(うーん、なんて言うんだろう?)
姿は逞しくなった以外変わっていないし、声も前と変わらない筈なのに、結構付き合いが長いおかげか彼に違和感を覚えた。
どこか上の空というか…なにか考え事があるような…。
(…知らない仲じゃないし、一応正義超人らしいし。)
「ウルフマン…家、くる? 猫も会いたがってるような気がするし?」
「なんでそこ疑問系なんだ…、…いいのか?」
「うん。」
流石に道端では誰かに見られ話を聞きにくいと思い、私の家に案内することにする。
「あー…スクープ、現役横綱逢い引き現場に遭遇とかないよね?」
「ないだろう、人の気配がしないしな。」
面倒な事にならないように回りを一応確認してアパートに案内した。
私一人だと分かりにくかったがドアと比べると彼の大きさがわかる、先にマゲが潰れない用に小さく前屈みになりながらウルフマンが入れば部屋の奥の方から、
「ニャー!」
猫が全速力でお出迎えしてくれた。
知らない人には警戒する筈なのにウルフマンには近づいて甘えるようにすりよる。
「覚えてるみたいだね。」
「ああ。」
大きな手が仔猫を撫でれば気持ち良さそうにゴロゴロと鳴いている、微笑ましい風景を見ながら、とりあえずテーブルの前に座布団を置きお茶をいれることにした。
「で、なんか悩み?お姉さん聞いてあげるよ。」
「そんなに年変わらんだろ…いいや。」
確かに数年の違いというか私の方が若く見える、だが彼は少し悩んだあと真剣な顔を私に向けた。
「…超人オリンピックに出場しようと思う。」
「あぁ、最近よく耳にする…全超人No.1を決定するとかなんとかの。」
「ああ、だが親方にも反対されてな、横綱としていた方がいいのかと思うと…どうもな。」
らしくないな…と笑いつつ頭を掻く。
「私はいいと思うよ。」
「えっ?」
「うーん、強くは言えないけど、私も反対されてたよ親にね、でもなんて言うんだろう、親って心配性なんだ…だから反対する、その選択で傷つくの知っているから。
でもね、誰よりも応援してると思うの心の奥では、成功を祈ってる、だからきっとうまくいったら誰よりも褒めてくれる。
様は、自分の信じる道を行けってことかな、私は応援するよウルフマンの夢ならね。」
「…ありがとな。」
「でも、相撲より危険なんでしょレスラーって。」
「ああ、植物状態になった奴や死んだ奴 ラーメンになったものもいるらしい。」
「…反対する気持ちわかる。」
「だが、俺はその中で必ず優勝してやる、あの前回優勝者のキン肉マンを打ち破って俺は日本一、いや世界一の横綱になってやる。」
キラキラと夢を話すウルフマンの瞳は輝いている。
「うん、頑張れ。但し死んだら嫌いになるから。」
「そりゃたいへんだ…涼華、はは…楽になった気がするな。」
「それはよかった。」
「それじゃあ、そろそろ稽古があるからな…ごっつぁんです。」
帰っていく姿は前のように自信に満ち溢れている。
(頑張って。)
こうしてウルフマンはオリンピックに出場する。
その後もちょこちょこ交流はある、腕の中で眠る猫で繋がった不思議な関係だがまだまだ続いてくれそうだ。
まさかその後、彼が3度も死ぬことになろうとは夢にも思っていない涼華であった。
終わり
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