[雑伊]世間一般にはそれを愛と呼ぶのです

「雑渡さん」
 伊作が出かける間際だった。
 彼の身支度の音で目を覚まし、せめて見送りにとパジャマのまま居間に出てきて目をこすっている雑渡に、伊作は声をかけた。起きてきたはいいがまだ半分寝ているらしい、雑渡は早速カウチに座り込んでいる。んん、と鼻声で雑渡は返事をした。眠い目を開ければ、思いのほか伊作が近くにいて、雑渡は驚き、座りながら少し後ずさる。次の瞬間、伊作はまだ顔も洗っていない雑渡の左頬に、ちう、と吸い付き、それは一瞬ですぐに離れた。
「!」
「雑渡さん、……好きです。愛して、ます」
 雑渡は両目を大きく見開いた。起き抜けの、だらしのない恰好の四十路男と対照的に、身なりを整えた若い優男はひどく魅力的で、雑渡にも当然そのように、否、3割、5割増しに映ったにちがいない。
「いさくく、」
「あ、もう、私いきますね」
 いってきまーすと、半ば逃げるように伊作は忙しなく出かけてしまった。忘れ物をしたらしく玄関の戸が今一度開く音がしたが、またすぐに出ていってしまったらしい。
「……」
 残された雑渡は呆然としてしまい、そのまましばらく動くことができなかった。

 どこかぼんやりとしたまま、顔を洗い、伊作の言いつけ通り、たくさん食べられなくてもとりあえず食卓に座って朝食をとり、食器を片付け、またカウチに座ったところでようやく目の覚めた雑渡は、ごろんごろんと寝返りをうちながら――図体のやたらでかい雑渡がカウチでそれをするのは一苦労で、たいしてごろごろもできなかったが――ひとり身もだえした。

 夢ではない。伊作くんに、「愛している」と言われてしまった。私は彼に、愛されている!





 片や、じつのところ雑渡は、まだ一度も伊作に「愛している」とことばにして伝えたことがないのであった。



       *



 早いもので、もう3年も前の話になる。伊作の誕生日に、ふたりははじめて身体を重ねた。
 伊作は雑渡が簡単にこさえた朝食を、雑渡とふたり食卓で向かい合って食べている最中も、なんだか気恥ずかしくて雑渡の顔をまともにみることができなかった。会話のふとした拍子に雑渡と目が合ったときなどは地獄である。かと思いきや、慌ててサラダボウルに視線を落とすその瞬間、雑渡のほうもなんだか面映ゆそうな表情をしていたので、お互い様なのかもしれない、と伊作は思うことにした。いまいちそう思いきることができないのは、相手が21も年上の、そして伊作にとってひどく男前で手練れの男――あくまで伊作の想像にすぎぬが――だからだった。

 朝食を食べ終え、片付けるといってきかぬ伊作の申し出に対する妥協案として、ふたり仲良く無言で食器を片付け――たった数枚を洗って食卓を拭くだけなのになにをしているのだかと本人たちとしても思わないでもなかったが――、そしてもう、伊作をひきとめる口実がなくなってしまった。雑渡のほうは今日一日予定を空けてあったが、伊作のほうはどうだかわからない。伊作は部屋の脇に置かれていた自身のリュックサックを開けて、帰る準備をはじめている。雑渡は切なくなってしまった。
 もっとゆっくりしていって。きみさえよければ。そう言いたいが、そのことばは必ずしも親切なことばとして聞こえるとは限らない。伊作は雑渡と違って、忙しいのかもしれない。実際そうなのだ。働き盛りで勉強の必要のある伊作が、時間を割いて雑渡と逢っているのである。
 伊作は、昨日入浴前まで着用していた肌着とパンツを簡単にたたみなおしてリュックにつめこんでいる。一泊ではあるが、伊作はきちんと肌着を取り替えていたらしい。別れの時間が迫っていることを嘆く一方、そのパンツを置いていけ、と雑渡は場違いなことを内心思った。さすがの雑渡もそれを使用――使用?――するつもりはなかったが、けれどそれを洗って干して雑渡の下着と仲良く並べてしまっておけば、伊作が泊まりやすくなるのではないか。しかし、泊まりやすくなることを望んでいるのはあくまで雑渡であり、伊作はどうなのかわからなかった。

 現実逃避まがいのことを考えている間に、伊作は帰り支度をおえてしまったらしい。
「では、帰ります。すっかりごちそうになってしまって、すみません」
「いいんだよ。こないだ馳走になったのは私でしょう。それより、送っていくよ」
 車を出すから待ってて、と雑渡が立ち上がれば、伊作は慌てて両手のひらを前に出してふった。
「いえ、ありがたいのですけどこれ以上は。甘えるわけにまいりません」
「いいって」
「あの、ええと。よ、用事もあるので!」
「……そう」
 雑渡は落胆を表情に出さぬようにするのに必死だった。用事の有無はともかく、もう少し時間を共有することを断られてしまったことに変わりはない。

 気をつけてね、またいつでも遊びにきて、とかろうじて玄関先で伝えはしたが、伊作はなんだか落ち着きなくばたばたと、有り体に言えばあっさりとかえってしまった。





 一度肌を合わせてしまうと、逆に誘いにくくなっていけない。またうるさがられない程度に伊作にメールを送り、自然に家へ誘い、あわよくばセックスに持ち込み――いやセックスはしなくてもいい、などと脳内でも白々しい訂正をした――、そしてまたメールを送り……とそこまで想像し、地獄だ、と雑渡は思った。べつに面倒くさがっているわけではない。が、あまりにもゴールが遠く、気が遠くなりそうだった。そもそもゴールってなんだ。
 そんなことを思いながら、仕事帰りに立ち寄ったスーパーで、半ば自棄になりながらビールをかごに放りこんだときだった。

「雑渡さん?」
 この世でもっとも好きな声で自身の名を呼ばれたが、それが想定外の場面であると認識が遅れてしまう。いままさに頭の中で考えていたメールの文章の宛先である人物が、そこにいた。
「伊作くん。こんばんは」
 飛び出してそのまま踊りだしそうな心臓を元通り胸にしまい、雑渡はにこりと笑みをつくる。いま、お仕事帰り? とたずねれば、ええ、と伊作はうれしそうに笑んだ。
「明日はお休みなんです。すごくおなか空いてるんですけど、自炊するのが面倒で、なにか買ってかえろうかなって」
 予定もないので、今日明日はゆっくりするんです。と伊作は休前日ならではの晴れ晴れしさで笑った。雑渡さんもお夕飯のお買い物ですか、とたずねられる。雑渡はかごのなかに何本か入っている酒瓶と缶を恥ずかしく思いつつ、うん、と答える。今日は木曜日で、雑渡は明日も仕事だったが、あと一日を我慢できず、酒でもあおって適当に眠ろうと思っていた。
「……」
 会話が続かない。思えば、伊作とはじめて肌を合わせて以来の邂逅だった。もしかしたら伊作も、雑渡と同じきまり悪さを感じているのかもしれない。
 しばしの沈黙の後、それじゃ、と伊作はかごを手にしていないほうの手を軽くあげて、そのままいってしまいそうになった。

 ちょっと! ほかに何かないの! と雑渡は内心こけていた。明日は仕事だ、しかしええい、かまうものか。
「待って、いさくくん、」
「はい」
「予定がないならさ、うちで一緒に食べない?」
 想定外の提案だったのだろう、伊作は少々驚いたように両眉をあげた。はずみそうになる息をおさえ、雑渡は続ける。もうこうなったらいちばんの望みをいってしまおう。
「それで、……泊まっていきなよ」
 きみが、もしよければ、と雑渡は慌ててつけくわえる。もしよかったら。迷惑でなければ。いやじゃなければ。雑渡はなにか伊作に提案するとき、そんな弱気なことばを先に言う、もしくは付け加えることが、多かった。
「あ……ありがとうございます。いきたいです、」
 内心でガッツポーズを決めた雑渡だったが、伊作は「でも、」となにやら躊躇しているらしい。
「明日、雑渡さんはお仕事でしょう」
「うん、けど、いいよ。私は出かけてしまうけど、きみはゆっくりしていって」
 合いかぎは、とたずねれば、今日はもっていないと伊作は首をふった。そんなのは小さなことだ。私のスペアキーをつかえばいい。だれも急いてなどいないのだが、内心なぜか雑渡は焦っていた。伊作の気が変わる前に、彼を連れ帰ってしまいたい。一方で、何かしら理由をつけて、伊作は断ろうとしている。やっぱりいやなのかもしれない。雑渡はだんだん冷静になってきた。
「……伊作くん、ごめん。無理しないで。突然でわるかったね」
 一度上げられて下げられた雑渡は、顔にこそ出さぬがひどく落胆して、きっとまた遊びにきて、と思いを込めてそう告げた。泣く泣く踵をかえそうとしたときだった。

「あ、あの、雑渡さん!」
「違うんです、すごくうれしいのですけど、でも、今日、そんなつもりじゃなかったから」
 なんにも準備、していなくて、それで、と伊作は真っ赤な顔で口ごもった。
 準備。妄想を広げた雑渡は内心で仰向き咆哮した。なんと初心にして健気、正直なのだろう。伊作のいわんとしていることはわかる。初心なのは伊作でなくじつは雑渡なのであることに、当然、本人は気づいていない。
「……伊作くん。もし的外れだったらとても恥ずかしいのだけどね。きみがそばにいてくれれば、私はそれだけでいいんだよ」
 およそ雑渡らしくない、歯が浮くようなことばが、伊作に対してはぽんぽん出る。しかし雑渡は真剣だった。
 だからお願い、こまかいことは気にせず、うちへきて。と雑渡は買い物かごを握りしめたまま、伊作の同級生の口癖を言ってみた。きみの嫌がることは絶対にしないから。

 そうしてまんまと伊作をうちへ連れ込むことに成功した雑渡は、嫌がることはしないと言いつつ――実際のところ嫌がっていなかったので――、結局少しばかり伊作のからだに触れてしまい、ふたり身を寄せ合って眠った。

 翌朝、伊作はゆっくりしていればいいと雑渡は言ったが、伊作の性格上そういうわけにもいかなかったようで、結局ばたばたと二人で出かける支度をし、雑渡の出勤にあわせて伊作も家を出た。
そして夜。今朝たしかに一緒に家を出たのでわかってはいたのだが、帰宅した折、家は真っ暗でだれもおらず、しかし雑渡はあきらめられず伊作の残り香を追って、外套を羽織ったまま寝室へ向かった。斜めになっている枕と、少し乱れた布団。雑渡は朝、駅の階段での別れ際、どこか恥ずかし気に笑んで小さく手を振った伊作を思い出し、ひどくさびしくなってしまった。お休みだった伊作は今日一日、どこで何をしていたのだろう。

 勉強ならうちですればいい。食満とかいういけすかぬ男も、親友ならばしかたがない、連れてくればいい。複数の意味で、手厚くもてなしてやろう。ひとりになりたいときは、雑渡自身にだってあるから、そういうときは邪魔しないよ。だから伊作くん、私のそばにいて。いっしょに暮らそう。

 我慢ならなくなった雑渡は、その翌週には、勢いに任せて伊作に同居の提案をしてしまい、それもまた成功してしまったという次第である。



       *



「すごいよね、あれからここまで私、彼に一度も好きだとも愛しているとも言ってないよ。よく私と一緒にすんでくれたよね」
「自慢できることじゃありませんぞ」
 というより山本に言わせれば雑渡が彼にぞっこんなのは傍目にも明らかなので、ことばは不要だと言えなくもない。
「いいの。行動で示しているから」
「だだ洩れであることと、愛を行動で伝えることとはまったくべつですからね」
「え?」
「いえ、なにも」
 山本は静かに酒をあおった。
「それにね。……正確に言うと、たぶん、私は彼を愛していない」
 山本は目を剥いた。この阿呆、何を言い出すのだ。録音して善法寺にきかせてやろうか。
「愛って。陣内が奥さんに向けるようなそれでしょう。私が彼に向けるのは、そんなあたたかいものじゃないもの」
 雑渡と伊作は、年の差を意識させぬほどに。それこそ親子や兄弟以上に仲睦まじかったが、唯一、直接的には雑渡の嫉妬が原因で、もう幾度となくけんかを経験している。ふたりの間にはなにか――本人たちにもそれとわからぬ――、未解決の問題があるのだった。

 雑渡はさびしげに、昏く笑ってみせた。



       *



 照明の落された雑渡と伊作の寝室。翌日に仕事を控えているゆえ先に就寝していた伊作をたたきおこし、雑渡は伊作のからだをまさぐって、いいでしょう、お願いといわんばかりに伊作の顔や首に吸いついていた。たまらず伊作は声に出して笑いはじめた。
「ちょっ……と、どうしたんですか、雑渡さん」
 お酒くさいです、そして正直ちょっとしつこいです、とは伊作は言えなかった。言えば、雑渡は誤解して傷つき、しょんぼりしてしまうに違いないからだ。伊作はそうは思っておらぬが、客観的にみれば面倒くさい男だった。
「それに、最近、つくってくださるごはんもお弁当も、なんだか豪華です。おきらいなはずの洗濯も、がんばっていらっしゃるようですし。……さては、なにかわたしに隠していらっしゃることがありますね?」
 伊作としてはもちろんたしなめたつもりも、さして回答を期待して本気で質問しているわけでもなく、ほとんど軽口のつもりで言ったのだが、図星だった様子の雑渡は急におとなしくなった。酒のせいで赤くなっている目元もこころなしかしょげている。おや、と伊作は逆に心配になってしまった。
「……あのね、」
「はい」
「私、きみに伝えたいことがあるのだけど」
 うまく言えなくて。と雑渡は言った。だから、どうにか伝えられないかなと思っていろいろ試しているの、と続けた。素面では難しいので酒の力を借り、キスとセックスでごまかすという凡庸にしてかつ最低な行為をしていることに、またも本人は気づいていない。
「きみがこないだ、私を、あ、愛していると、言ってくれたでしょう」
「そのお返事を、したいのだけど」
 愛している、とはまた違う気がして。しっくりくることばがないの、と雑渡は言った。どう考えても、恥ずかしくて愛していると言えない言い訳にしか聞こえぬが、「そうなんですね」と伊作は神妙な表情でうなずいた。
「ぴったりくる表現が見つかったら、かならず伝えるから」
 待ってて、と情けない男はそう言った。ひとのいい伊作は、ええ、お待ちしてます、と雑渡を甘やかした。
 結局雑渡はそのまま伊作に甘え、出すものを出して気持ちよくなり――伊作はどうだったかわからない――、伊作のうえに乗ったまま爆睡した。
 翌朝昼近くになって頭痛とともに目覚めた雑渡は、自身の隣にも、家の中にも伊作がおらず、それはもちろん単に仕事に出かけただけではあるのだが、さすがに昨晩の失敗と、自身の最低さに気がつかぬほどばかではなかった。



       *



「愛しているなんて、ことばではなんとでも言えるよね」
「そういうことは言えてから言ってください」
 伊作が夜勤のたびに、こうして惚気や愚痴に付き合わされる山本はたまったものではない。
「じゃあ、逆にお尋ねしますけど。あなたは伊作くんに愛していると言われて、そんなふうにとらえましたか」
 うれしかったのでしょう、と山本は言った。じつのところ、そのとおりだった。
 あの日一日、伊作が帰ってくるまで。否、その後今日まで、何度もあのキスと、贈られた言葉を雑渡は反芻した。
 愛されているかもしれない。でもわからない。愛しているとことばで伝えられたところで、所詮、と雑渡はポーズをとるが、そのくせ。ひどく浮かれていた。伊作に愛を告げられ、天にも昇るような心持ちだった。
 山本は、あしをそろえて座り、なおも浮かぬ顔をしている年下の幼馴染をながめ、内心、ばかものめ、と思った。上背も、器もあり――それは仕事に限った話であり、伊作に対してのそれはひどく小さいが――、もともと女好きのする男であったが、伊作と暮らしをともにしはじめてからというもの、さらに雑渡はあか抜けた。伊作に大事にされているからであろうが、おそらく本人はそのことに気づいていない。
「善法寺くんだって、同じだとおもいますよ」
「……」



       *



 ある朝。雑渡はすでに仕事に出かけたらしい。久々によく眠った伊作は起き上がってのびをした。昨晩雑渡はめずらしく夜遅くまでなにやら机に向かっていた。夜中、伊作の布団に潜り込んできたのがわかったが、とくに伊作に触れようとはせず、おとなしく寝たようであるのを、伊作は夢うつつで感じていた。
 ここのところ雑渡はなんだか様子が変だが、そういうこともあるのだろう。ながく続けば、話し合えばいい。数々の不運に見舞われ、しかし雑渡という人物と出会えたことが今生で最高の幸運であると能天気にとらえていた伊作は、生来の楽観主義者だった。
 ぼきぼきと身体の節々を鳴らし、腕を元気よくまわし、ちょっと留三郎みたいだなと妙なことを考えながら居間に向かえば、食卓の上、薄い緑色の洋封筒が、伊作がいつも座るほうに置いてあった。

 手紙の表には雑渡の字で「伊作くんへ」、裏面には「雑渡昆奈門」とかかれている。
「……ざっとさん」
 伊作は少し緊張しながら、雑渡からの手紙を開封した。まさか別れ話ではあるまい。



       *



伊作くんへ

上手く伝えられないので、お手紙を書きます。
私は、きみのことがとても好きです。友だちになりたいし、恋人でありたいし、家族にもなりたいと思っています。
きみが、きみの友人と出かけて帰ってくると、すごく嫉妬します。けれど、きみによい友だちがいてよかったと思う気持ちは本当です。きみにはしあわせでいてほしくて、できることなら、私がきみをしあわせにしたいと思っています。

信じてもらえないだろうけど、私は、きみに出会うために生まれてきました。
きみは私にとって、特別なひとなのです。伊作くんと暮らすことができて、毎日が夢のようです。

いつもありがとう。
私もきみにとって特別なひとになりたいです。そばにいさせてください。


雑渡昆奈門



       *



「それで結局、いえなかったんですか」
 ばり、と小気味よい音を立てて諸泉はせんべいをかじる。高坂は彼の抱える大袋を奪い取り、自身もがさがさとひとつ取りだして開封した。
「いわく、正確に言えば愛ではないのだそうだ」
「めんどうくさいひとだな。それを世間一般にはですよ、」





「「愛以外の、なんだっていうんです」」
 遠隔地にいながら、諸泉と伊作の声は調和していた。伊作は、笑いすぎだけが原因ではない、目じりに浮かんだ涙を、手紙を持っていないほうの手の指で拭いながら、今一度ひとり、声に出して笑っていた。

 雑渡は素直な気持ちを書きすぎて結局、主語が自分ばかりの文章になってしまった。それでも何度も書き直したのだが、小学生が母親に贈る手紙のような文体になってしまっていた。じつに、雑渡が500年ぶりに伊作に宛てて書いた、渾身のラブレターだった。

 その晩、恥ずかしさのあまり家へ帰れなくなってひとり駅前の居酒屋で縮こまっていた雑渡を、伊作は迎えにいくはめになったという話である。





 伊作『(通話キャンセル)』22:42
 伊作『雑渡さん、お手紙読みました』22:44 既読
 伊作『いまどちらにおられますか』22:45 既読

 雑渡『さがさないでください』22:52
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