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あの日が最後ではないことを、俺もなんとなく感じ取ってはいた。
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自宅マンションがある近隣に引っ越してきたという、元恋人の優以斗との思いがけない再会を果たしたあの日に。
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今ではもう、優以斗への未練はまったくないし愛してもいない、思い出の中の人。
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俺には、【瀬名 眞白】という最愛の恋人がいるから。
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鷹野 光星
……

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だから、自動ドアのガラスの向こうで優以斗が買い物をする姿を見ても、昔の思い出が脳裏でサラッとよぎるだけで、
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まるで古い友人のように軽く挨拶をやってのけることだってできる。
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鷹野 光星
……、

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だが、そんな俺の中に一瞬の躊躇が生まれた。
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鷹野 光星
(まさかだとは思うが…)

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瀬名 眞白"――へえ、そうなんですね。"
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望月 優以斗"だから、切らさないようにしないといけないんだ。"
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眞白のバイト先であるコンビニの清算レジの場で、二人が何か楽し気に会話をしている。
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店外にいるせいで、二人がどんな会話をしているのかまでは聞き取れないが、いたって普通のやり取りに違いないのは分かる。
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それなのに、何食わぬ顔でサッと店内に入ってしまえばいいものをなんとなく踏み止まってしまい、外からその光景を眺める形になってしまった。
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さりげなさを装ってはいても周囲の目に留まったとしたら、たぶん俺は変な人だ。
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鷹野 光星
……

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それでも、どう思われようが、この暗がりでポツンと一人佇んでしまっている。
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瀬名 眞白" ありがとうございました。 "
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望月 優以斗" ありがとう、眞白くん。また来るよ。 "
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鷹野 光星
……

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鷹野 光星
(俺の思い過ごしだとは思うが…)

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胸に飛来するのは、一抹の不安。
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まさか優以斗は、眞白に気があるんじゃ…?
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鷹野 光星
(…いや、まさかな。そんなことを思うなんてどうかしてる)

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昔から『恋は盲目』ということわざがある。
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俺もまた、それを例えるにふさわしい男になっているのだろう…そう思うと自嘲気味な苦笑が漏れた。
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鷹野 光星
…、

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でも、その苦い笑みはどこか無理矢理で、心の奥に広がる薄曇りはどうしても晴れない。
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…そうなってしまうには、実は少し理由があった。
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フードフェスで優以斗と再会したときのこと。
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眞白は優以斗に自己紹介をした際、『光星の恋人です』…そう威風堂々と言い放ってくれたのだが、
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あのときの優以斗の眞白を見つめる瞳が、妙に引っかかった。
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茫然としているようでいて、心酔の火種を含んだような双眸。
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妻子がいて幸せな家庭を築いている優以斗なのだから、本来なら眞白に心を奪われるだなんてあり得ないことだろうし、
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近隣の地域に住んでいるとはいえ、なかなか会うことはないだろうと高をくくっていた。
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鷹野 光星
(でも、またここで再会してしまった…)

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しかも、俺だけなら別にいいが、よりによって先に眞白と。
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俺と優以斗に焼き木杭に火が付くといった心配はまったくないが、眞白を巡り、俺にとっての新たなライバル出現として優以斗を見てしまう。
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鷹野 光星
(本当にどうかしているよな、俺…)

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望月 優以斗…あれ?光星?
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そんな俺の心の機微を知る由もない優以斗が、買い物を終え外に出てすぐ、俺の存在に気づいて嬉しそうに笑いかけてきた。
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鷹野 光星
(気づかれてしまった…)

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店の入り口付近で立ち尽くしていたのだから、見つかって当然だ。
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望月 優以斗やっぱり光星だ。…久しぶり、また会ったな。
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鷹野 光星
あ、ああ。

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望月 優以斗フードフェス以来だな。元気にしてた?
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鷹野 光星
…ああ。
優以斗も元気そうだな。
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望月 優以斗うん。毎日忙しいけど、元気にしてるよ。
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望月 優以斗…仕事帰り?光星もここで買い物?
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鷹野 光星
まあな…。
優以斗も買い物か?
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コンビニの店内から商品が入ったエコバッグを提げて出てきているのだから、買い物に決まっているのに。
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鷹野 光星
(分かり切ったことを聞いてしまった…)

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自分の中の余裕が費えていることを感じ、こっそり溜め息をついた。
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望月 優以斗牛乳が切れてるから買ってきてほしいって、奥さんから連絡があってさ。
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望月 優以斗仕事の帰りに、ここに買いに寄ったんだよ。
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鷹野 光星
…そうか。優有ちゃんの牛乳か?

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望月 優以斗分かる?
優有は牛乳が好きで、毎日のようにたくさん飲むんだよな。 -
目尻を下げて愛娘のことを話す優以斗の表情は、すっかり父親のそれで微笑ましい。
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そんな優以斗が目に映る俺の心にも、じんわりと温かさが広がった。
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鷹野 光星
(ほんとに、どうかしてる…)

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やっぱり杞憂だ、バカバカしい。
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望月 優以斗電車、同じ方面だよな?
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望月 優以斗話でもしながら一緒に帰るか?
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鷹野 光星
いや、ごめん。別で帰るよ。

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今日は金曜日。
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週末は眞白がマンションに泊まるから、俺はコンビニに少し寄ってから眞白の勤務が終わるのを待って、
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二人で外食をして一緒に帰宅することを考えていた。
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望月 優以斗…そっか、残念。
近くに住んでいてもすれ違うばかりで、 -
望月 優以斗こうして会えることなんて滅多にないのにな。
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鷹野 光星
…そうだな。

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鷹野 光星
(いや…むしろ再会しなくていい。万が一にでも、眞白になにかあったら困る)

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そんな風に内心では否定的に思っているのに、
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鷹野 光星
でも、帰りはこの駅から電車に乗るんだろう?

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鷹野 光星
だったら、またいつか偶然に会えるかもしれない。

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穏やかな笑みとともに建前を口にする俺は、少し腹黒いだろうか?
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望月 優以斗それもそうだな。
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望月 優以斗このコンビニは駅からも近いっていうのもあるけど、
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望月 優以斗眞白くんがここでバイトしてるから他のコンビニには寄らずに、できるだけここで買うようにしてるんだ。
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鷹野 光星
え…っ、

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鷹野 光星
(なんでいちいちそんなことを言うんだ、)

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鷹野 光星
(それってやっぱり…眞白が目当て?)

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……そんなはずはない。
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さっき、優有ちゃんのことを嬉しそうに話していた優以斗に限って…。
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いや、眞白は魅力的だから、可能性がゼロだとは言えない。
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鷹野 光星
(ああ……まただ)

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これは俺の悪い癖。
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このままだと、ぐるぐると振り出しに戻る思考に翻弄されてしまう。
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鷹野 光星
(……ダメだ)

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これはちゃんと伝えておかないと。
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そして、この増殖し始める不安を払拭しないと―――
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鷹野 光星
(―――まず俺がもたない)

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そう思った瞬間、俺の中で、がちゃりとリミッターが切れるような音がした。
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