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鷹野 光星
(な、なんだ…?!)

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耳にした声に驚いて目を開くとさっきまでの男の姿はなく、
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代わりに銀髪の少年が君臨するようにその場に立ってこちらを睨んでいた。
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黒いマスクで顔半分が覆われているためにはっきりとした表情は窺えないが、前髪の隙間から覗く瞳に怒りが滲んでいるのが分かる。
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**……
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少年はチラリと俺を一瞥してから倒れた男の元へと静かに歩み寄り、無遠慮に髪を掴んで頭を持ち上げた瞬間、
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――ゴツ…ッ!!
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男の顎の辺りを思いっきり殴りつけた。
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鷹野 光星
…っ、!?

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**……
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--っ…―――
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トドメとばかりにその一撃を受けた男は身体を投げ出し、どうやら失神してしまったようだ。
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冷徹に伏せた視線をこちらに戻した少年は、
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一瞬の出来事に頭が追い付かない状態で立ち尽くす俺に、無言で近づいた。
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**……
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鷹野 光星
(…ど、どういうことだ…?)

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**……あんた、バカ?
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鷹野 光星
っ…え、

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**あのままずっとアイツにやられてたら、さすがに死ぬよ?
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鷹野 光星
…、

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**あのオッサン、脇腹に俺の蹴り喰らったうえに、顎も殴って脳を揺らしといたから、当分は起きねー。
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鷹野 光星
のっ…「脳を揺らす」…?

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物騒な言葉にゾクリとした震えが背筋を冷たくする。
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**脳震盪だよ。
聞いたことぐらいあるだろ? -
鷹野 光星
あ、ああ…、

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**今のうちに行くぞ。
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鷹野 光星
えっ…

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**あいつにマジで殺されてーの?
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鷹野 光星
―――

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**…ったくよ…、
あんたみたいなフツーのヤツが来る場所じゃねーだろうが。 -
**俺でもこの辺にはあんまり近づかねーのに。
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文句めいてぶつぶつ言う少年は背も高く高校生くらいに見えるが、
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どこか幼さが残る雰囲気から、おそらくまだ中学生だろうか。
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鷹野 光星
……、

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その端正な目元は氷のように冷たいのに、優しさの色が朧気に見えて、不思議と心の中がじわりと温かくなるのを感じた。
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**あんた、オトナだろ?
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**表通りは大丈夫でも、ちょっと奥に入ったらヤバイってこと知らねーの?
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鷹野 光星
……、知ってる…。

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呆然となってしまいながら呟くように返事をすると、少年は呆れたような声を漏らした。
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**は?わけ分かんねー。
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鷹野 光星
…仕事帰りに、駅前の立ち飲み屋で飲んでたんだ…。

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鷹野 光星
今日は、誕生日だから…。

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**…「誕生日」?あんたの?
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鷹野 光星
…ああ。

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鷹野 光星
ちょっと、一人で祝杯を…ね。

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ちょっぴり皮肉混じりに告げてから、ハタと我に返る。
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初対面の、しかも年端も行かない少年に、俺は何を言っているのだ…と。
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**ふーん。
ま、どうでもいいわ。 -
**それより、ずらかるぞ。
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言いながら、少年は表通りの方角を顎先で指し示した。
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…なぜここを嗅ぎ当てたのかを訊ねると、少年は気怠そうにしながらも経緯を話してくれた。
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この路地裏の近くのゲームセンターで友達数人と遊んでいた少年は、友達がタバコを吸おうと店の裏口に回ったことで一緒に外に出た際に大きな物音と怒声を聞き、
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友達を待たせて一人で探りに出た先で俺が殴られている現場に遭遇したらしい。
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鷹野 光星
タバコって…、
キミの年頃って、まだ未成年だろう?
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鷹野 光星
ダメだよ、吸ったりなんかしたら。

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教師という職業柄なのか、つい諫めてしまった。
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俺と肩を並べて歩いていた少年は素直に頷くどころか、不服そうに短く舌打ちをして見せる。
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**うぜー。助けてもらっておいて説教かよ。
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鷹野 光星
すまない、
もちろん助けに入ってくれたことはとても感謝している。
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鷹野 光星
でも…、

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**俺は吸わねーよ。
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**臭いとかいろいろ、好きじゃねーし。
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鷹野 光星
そういう問題じゃなくて、未成年の喫煙はダメだって知ってるだろう?

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鷹野 光星
友達の喫煙を止めてあげないと…。

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鷹野 光星
それとも、みんなキミの言うことは聞かないのか?

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**ちげーよ。
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**むしろ、あいつらは俺の言うことしか聞かねー。
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鷹野 光星
だったら――

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**うるせーな、たかがタバコぐらいでいちいち。黙ってろ。
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鷹野 光星
し…しかし、そういうわけには――

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**あいつらには、あいつらなりの…、
そうなる理由があるんだよ。 -
鷹野 光星
…「そうなる理由」って…、

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**世の中の子どもみんなが幸せでまともに暮らせてたら、
未成年でタバコ吸うような不良になんてならねえんじゃねーの? -
鷹野 光星
…っ、

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**オトナの勝手な都合で生み出されたようなあいつらのこと、
なーんも分かってねえだろうが、あんたも。 -
鷹野 光星
そ、それは――

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**未成年だからこれをするな、あれをするな――
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**…禁止されてることだって分かってても、
あいつらにそれを守る『余裕』があると思うか? -
鷹野 光星
…、

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**外れねえと生きられないんだとしたら?
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**その外れたヤツらにどこまで手を差し伸べてくれんだよ?…あんたらオトナがさ。
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鷹野 光星
―――

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**あいつらのことなんも知らねーくせに、
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**分かってるようなツラして言ってくるんじゃねーよ。
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鷹野 光星
そ、そんなつもりじゃ――…

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反論しかけたが、その先を言い淀んでしまう。
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『そんなつもりじゃない』として、彼らが生きてきたこれまでの人生を何も知らない俺が、
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いったい何を告げるつもりなんだ?
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鷹野 光星
……

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少なくとも今、世間一般の大人がありきたりな注意をするだけでは意味を成さない気がして。
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鷹野 光星
……すまない。

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鷹野 光星
確かに俺は、キミたちの身の上に何があったかまでは知らない。

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鷹野 光星
ただ俺は、キミたちのことを想って…―――

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**……たぶんあんたは、いいオトナだと思う。
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**『ちゃんと謝れるオトナ』だからな。
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鷹野 光星
…えっ?

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**…あいつらも、ほんとはちゃんと分ってる。
タバコがダメだってことも。 -
鷹野 光星
…―――

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**でも…、あいつらもいろいろあるから。
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**なかなか『今』から抜け出せねーんだよ。
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独り言のように呟いた少年の言葉には、切なさが刻み込まれている気がした。
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鷹野 光星
(……そうだよな…)

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過去の愛から抜け出せず、虚しさを誤魔化すために酒を呷った今日の俺と彼らは似たようなものだ。
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どんなにもがいても抜け出せない…だからこそ、少しでも楽になるようにと自分に合った逃げ場を無意識に探す。
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**……
-
鷹野 光星
……

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この少年は不良仲間たちのやり場のない感情を深く理解し、彼らのことを見守っているのだと感じた。
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鷹野 光星
(すごいな…この子はまだ子どもなのに…)

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鷹野 光星
(友達がこの少年の言うことしか聞かないというのが、なんとなく分かる気がする…)

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**……
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笑顔ひとつなくぶっきら棒なのに、時折俺に向ける双眸は怪我の具合を憂いているようにも見える。
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きっとそれは、普段から仲間たちにも向けている眼差し。
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見た目は銀髪でいわゆる不良少年だが、その瞳の奥には優しさが垣間見えて、なんともいえない安堵感に包まれた。
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