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大学時代に経験した優以斗との別れから、もう3度目の誕生日。
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夏真っ盛りの今日、8月30日。
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俺は、23歳になる。
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…別れの傷も癒え始め、今年の梅雨に入る頃、
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思いがけずに優以斗と再会を果たしたが、情に流されたがゆえにさらに深く傷つき、
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今後はもう二度と会うことはないと心に誓って完全な別離を決断した。
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そもそも、復縁なんてあり得ないのだ……優以斗はすでに既婚者なのだから。
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そう頭では分かっていても、今もなお、そのときの痛みを引きずっている自分がいる。
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鷹野 光星
……

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大学卒業後、順調に教師になることができた俺は、プライベートでの恋愛は不毛続きでも仕事は充実していた。
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『晴蘭学園』というハイレベルな学校で国語科目を教えることができていて、新米教師の俺にとっては何もかもが目新しく、
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その繁多な日常だけが、唯一別れの寂しさを紛らわせてくれていた。
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鷹野 光星
(…それでも…、)

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ふと、孤独感や虚無感に苛まれる。
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優以斗と再会することがなければ、ここまでの心境には至らなかったかもしれない。
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いっそ、再会したときに拒絶すればよかった。
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ある意味、自業自得だ。
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鷹野 光星
(いつになったら、思い出にすることができるんだろう…)

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昔から、一途すぎる自分にはうんざりだ。
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早く優以斗のことなど忘れ去りたい。
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鷹野 光星
(……簡単にそれができたら苦労しないんだよな…)

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誕生日の夜、仕事帰りに寄った駅近くの立ち飲み屋で、いろんな思考を巡らせながらグラスの酒をクイッと呷る。
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鷹野 光星
……ふぅ…、

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この店はこじんまりとしていて年季を感じさせるが、切り盛りしているおかみさんも人当たりが良く、
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一人でも気楽に酒を嗜めるから時々ふらりと立ち寄っていた。
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鷹野 光星
…、

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冷酒をいつもより多めに、躊躇うことなく喉奥に流し込む。
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まるで自分を痛めつけるような荒い飲みっぷり。
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鷹野 光星
(…滑稽だな)

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いい大人が、誕生日だからなんだっていうんだ。
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一つ年を取っただけ。
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人生の終わりに、また一歩近づいただけだ。
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鷹野 光星
……

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そんな風に思考をかみ砕いて自分に言い聞かせながらも、酒を飲む口端からは重い溜め息しか出てこない。
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鷹野 光星
…おかみさん、もう一杯。

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大丈夫かい?いつもより、ペースが速くないかい?
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鷹野 光星
大丈夫です…。結構、お酒は強いので。

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誇示するようにそっと笑って見せると、おかみさんの顔がほっこりと和らいだ。
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お客さん…いつ見ても、ほんとにいい男だねえ。
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俳優さんみたいだよ。
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60代半ばかと思われるおかみさんは、俺がこの店に訪れると必ず一度はそう述べる。
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鷹野 光星
(…俺は、そんなにいい男なのかな…)

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……いや、常連客へのお世辞だな。
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俺がおかみさんの言うように本当に『いい男』なら、優以斗と別れることなく、誕生日には当たり前のように二人で過ごせていたはずだ。
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鷹野 光星
(ああ……もう、また『優以斗』だ、)

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鷹野 光星
(呪縛だな、ここまで来たら…)

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いい加減、すっかり忘れて楽になりたい。
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一段と大きな溜め息を吐き出すと、そんな俺のことをどこからか見ていたのか、
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-ねえねえ、お兄さぁん。
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店の隅の方から、一人の女性が声を掛けてきた。
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少し派手な様相で、ロングタイトのスカートの切れ込みからはスラリとした足が覗く。
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人目を引くような色香を晒しながらこちらに歩み寄った彼女は、酒の酔いのせいもあるのか初対面の俺に遠慮することなく、親しげに二の腕に絡みついてきた。
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-ねえ、他のお店で一緒に飲まない?
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鷹野 光星
…え、

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-ここ、立ち飲みだからさ、
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-ずっと立って飲んでたら、足が痛くなっちゃって。
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-イケメンなお兄さんと二人で、ゆっくり座って飲みたいなーって思ったの。
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甘えるように目尻を細めた女性は、ひそひそと俺に耳打ちした。
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昔から俺のルックスは、どうやら女性には好感度が高いらしい。
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男しか愛せない俺にとってはどうでもいいことだし、いつもなら丁重に断っているが、
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鷹野 光星
(ちょっとした気晴らしくらいにはなるかもしれない…)

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明日は土曜日で仕事も休みだ。一緒に少し飲むくらいならいいだろう。
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鷹野 光星
いいですよ…。行きましょうか。

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今日の俺は、いつになく従順に頷いた。
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