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雲一つない、清々しいともいえる夏空。
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だが、もうしばらくすると暑さが増してくる、そんな土曜日の朝。
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週末に眞白が泊まりに来たときは炊事や洗濯などは分担で行っていて、今日は眞白がベランダに出て洗濯物を干してくれていた。
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俺は、眞白の要望で朝食に厚焼き玉子を焼き、出来上がったそれを皿に盛りつけていたのだが。
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瀬名 眞白―――っ?!
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瀬名 眞白わぁあっ…!!
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突然、聞いたこともないような眞白の叫び声がベランダの方から聞こえてきた。
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鷹野 光星
…眞白?!

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何事かとすぐにキッチンから飛び出して、眞白の元に向かう。
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瀬名 眞白光星っ…!
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血相を変えて怯えた様子の眞白が、弾丸のような勢いで俺の胸に飛び込んできた。
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瀬名 眞白やばいやばいやばいやばいっ…!!
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鷹野 光星
どうした?!

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ここまで取り乱した眞白を今までに見たことがない。
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ギュッと俺の体を丸ごと抱き込んで、どちらかといえば、しがみつくといった感じで。
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鷹野 光星
(いったい、何があったんだ…?!)

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内心で驚きながらも、ここで俺が狼狽えたら話にならない。
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落ち着いて抱きしめ返し、その背を優しく撫でながら問い掛けた。
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鷹野 光星
眞白、どうした?

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瀬名 眞白――む…、っ、
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鷹野 光星
「む」?

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瀬名 眞白むし…っ、虫がいたっ…!
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鷹野 光星
……え?「虫」?

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瀬名 眞白せ…セミかな、セミだっ、たぶんセミだと思う…っ、
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瀬名 眞白干した洗濯物に、知らねーうちに引っ付いてたみたいでっ…、
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鷹野 光星
…「セミ」?

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瀬名 眞白それで、目が合って…セミとっ、俺がっ…!
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瀬名 眞白俺目掛けて飛んできたんだよっ、セミがっ!
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鷹野 光星
(…「セミと目が合う」?)

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瀬名 眞白俺、苦手だから、虫が全部…、
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瀬名 眞白だからたぶん、セミが、「オラオラ」って感じで寄って来たんだよ、セミがさぁ…っ。
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並べる言葉が少しばかり支離滅裂で、何度も『セミ』というワードを連呼する。
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鷹野 光星
(セミが「オラオラ感」を出すことはできないだろうけど…)

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セミの存在に戦慄しながら眞白が生み出す渾身の表現力に、思わず頬が緩みそうになる。
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眞白のこの状態は、極度の緊張に見舞われたりしたときに見せがちだが、頻繁にあるわけではなく珍しい挙動だ。
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鷹野 光星
(そういえば…)

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眞白がまだ高2のとき、これに似た態様を見せたことがあった。
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弓道場付近で、おそらくあれは俺のことを待ち伏せていたんだろう。
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あのときも、眞白はおかしな言い回しをして…、
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瀬名 眞白《放課後…いた?一緒に、誰かと…、》
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瀬名 眞白《帰り…そう、帰りに、一緒に…》
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俺が女性と歩いているのを偶然目撃した眞白がその正体を探ろうとしたらしく、どこか緊張した様子で懸命に言葉を紡いでいた。
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鷹野 光星
(可愛かったな…あのときの眞白も)

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鷹野 光星
(今思えば、澪ちゃんのことを俺の彼女じゃないかって勘繰ってたんだよな)

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女性の正体が俺の弟の嫁であると知った眞白は、ホッと胸を撫で下ろしたような顔をしていた。
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鷹野 光星
(一生懸命、なんでもないフリをしてたな…)

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そのときのことを回顧して、つい、ふふっと笑ってしまった。
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瀬名 眞白な、なんだよ、光星っ…、
笑ってる場合じゃねーって…。 -
瀬名 眞白マジで俺、虫全般がダメなんだからさ…。
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鷹野 光星
違うよ、眞白。

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鷹野 光星
おまえのことをそういう意味で笑ったわけじゃない。

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鷹野 光星
こんなに虫が苦手だなんて…、

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眞白からほんの少し身を逸らし、そっと頬に口づけて顔を覗き込む。
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鷹野 光星
可愛いなって思っただけだよ。

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鷹野 光星
どんなに強い眞白でも…こんな可愛い弱点があるんだなと思って。

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瀬名 眞白ぜ…全然、みっともねーだけだって…、
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瀬名 眞白でも、どう思われたとしても、虫だけはマジで無理っ。
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瀬名 眞白怖い、怖すぎる、あのフォルムすべてが…っ。
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鷹野 光星
「フォルム」…、そうか、そうだよな…。

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必死で伝えてくる眞白が小刻みにブルブルっと震えて、まるで小動物を思わせるその様に目尻が下がってしまうのを自覚しながら、いまだ強張ったままの頬を撫でた。
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夏場は虫たちにとっても盛んに活動を始める時期であり、それらに恐怖を感じる眞白には耐え難い季節でもあるだろう。
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鷹野 光星
それで、そのセミはどうした?
もうどこかへ飛んで行ったのか?
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瀬名 眞白た、たぶん…。
部屋の中には入ってないと思う…。 -
鷹野 光星
分かった。
今からセミが入ってきていないかちゃんと確認するけど、
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鷹野 光星
もしもまだいるようだったら向こうへ逃がしておくから…安心して?

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瀬名 眞白う、うん…ありがと。
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鷹野 光星
これからは、洗濯物を干すのは俺がやるから。

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鷹野 光星
代わりに朝御飯の支度をやってくれるか?

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瀬名 眞白……ん、分かった…。
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眞白は何も悪くないのに、まるで叱られた幼子のようにシュンと頷いた。
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鷹野 光星
大丈夫だよ、眞白。
洗濯物のことは気にしなくていいから。
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瀬名 眞白ん…。ごめんな、光星…。
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こんなに凹むなんて、できるだけ虫が近づかないように対策も考えないと。
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…いや、でも。
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鷹野 光星
(弱体化する眞白って、ちょっとツボだな…)

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あまりにも愛くるしい変容にちょっぴり邪な感情を抱いてしまいながら、
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眞白の顎先を優しく捉えて、今度は唇に軽くキスをした。
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