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『瀬名くんのお兄さんが、病院に緊急搬送されたそうです!』
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二者面談を行う黒木と俺だけが佇む教室はとても静かで。
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会話する声量以外に無駄な雑音がないから、通話口の向こうの声がほぼクリアに俺の耳まで届いた。
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男性職員の切羽詰まった声が、耳奥にこびりついたみたいに離れない。
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瀬名 眞白
―――…

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鷹野 光星瀬名、俺が一緒に行くから。
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鷹野 光星…大丈夫か?
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瀬名 眞白
…碧芭が、救急車で…、

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鷹野 光星うん、聞いてる。
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鷹野 光星ひとまず病院へ行こう。
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瀬名 眞白
…、

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どうやって教室を出て外に出たのか、今はその記憶も曖昧で、気づくと鷹野が隣にいてくれた。
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気を利かせてタクシーを呼んでくれた職員の指示に従って、校門付近でその到着を待つ。
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瀬名 眞白
……

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ただ無言で突っ立っているから、周囲から見れば落ち着いていて普段通りの俺に見えるかもしれない。
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でもそれは、茫然としているだけに過ぎなくて、冷静でもなんでもなくて。
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俺の心はひどく狼狽して、どうしようもなく強張っていた。
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瀬名 眞白
(…碧芭…、)

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ついこの間、目の前でおいしそうにハンバーグを頬張っていた碧芭の笑顔がちらついて、胸が張り裂けそうだ。
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瀬名 眞白
(ばかやろ…、なに急に運ばれてんだよっ…)

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内心で書き殴る憎まれ口は、ただの虚勢で。
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本当は、心配でいてもたってもいられない。
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鷹野 光星…瀬名、
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それを全て理解し受け止めてくれるかのように、鷹野は人目も憚らず俺の肩に手を回して強く引き寄せた。
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鷹野 光星大丈夫だよ…俺がそばにいるから。
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瀬名 眞白
…、鷹野…っ、

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鷹野 光星きっと、お兄さんも大丈夫だ。
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下校中や部活中の生徒も、そいつらの目に映るのは、『副担任』が『生徒』を心から気遣う構図。
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でもそこには、俺にだけ伝わる、確かな愛が込められていた。
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瀬名 碧芭あ、眞白~。
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瀬名 碧芭びっくりしたよ、急にお腹が痛くなっちゃって。
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間延びしたようにおっとりと言葉を並べた碧芭は、急いで駆けつけた俺に向けてヒラヒラと手を振る。
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瀬名 眞白
―――

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そのいつもと変わらない明るい姿に、いったい何がどうなったのか戸惑い、思考が停止した。
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瀬名 碧芭あれ?どうしたのさ、眞白?
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瀬名 眞白
…だ、だって、碧芭、

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瀬名 眞白
緊急搬送されたって…、

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瀬名 碧芭ああ、うん。そうなんだけどね。
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瀬名 碧芭うずくまった僕を見た事務所のスタッフの子が驚いてね、
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瀬名 碧芭あれよあれよという間に救急車に乗せられちゃったんだよ。
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瀬名 眞白
……

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瀬名 碧芭ん?眞白?
なんだか目が赤いよ?
もしかして、泣いたの? -
瀬名 碧芭…まさか、誰かに泣かされたとか?!
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俺の隣で静かに安堵しつつもほんの少し呆気に取られたように立ち尽くす鷹野に、碧芭がジロリと視線を巡らせる。
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瀬名 眞白
…あのな、違げーよ。

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瀬名 眞白
付き添ってくれた鷹野をそんな目で見んな。

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瀬名 碧芭…違うの?
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瀬名 眞白
違うに決まってる。
鷹野に泣かされてなんかねーよ。
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瀬名 眞白
(おまえに泣かされたんだよっ…碧芭っ)

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けれど、そのことを素直に伝えると、きっと碧芭は小躍りしてはしゃぐだろうから。
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それがなんだか悔しくて、ツンとした表情で口を引き結んだ。
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…実際の俺は、タクシーの中で柄にもなく涙を浮かべていた。
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ずっと鷹野が抱き寄せてくれていて、その温もりに触れていたら自然と涙があふれて。
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碧芭のことが心配でたまらなかった俺は、所詮まだ何もできない17歳のガキで、成す術もなく鷹野に縋りついていた。
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瀬名 眞白
(はぁぁ…、でもマジで、取り越し苦労でよかった…)

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瀬名 碧芭ねえ眞白、いつまでもそんな怖い顔しないで?
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瀬名 眞白
(誰のせいだよ…)

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瀬名 碧芭眞白ってばー。
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瀬名 眞白
…腹痛ってなによ?

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瀬名 眞白
なんか悪いモンでも食ったのか?

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心では安堵の溜め息の連続なのに、ぶすっと無愛想に問い掛ける。
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瀬名 碧芭ああ、違うよ。虫垂炎だって。
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瀬名 眞白
虫垂炎?…盲腸とかいうやつ?

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瀬名 碧芭そう。
仕事もあるし、今回は薬で散らしてもらったんだ。 -
瀬名 眞白
…ったく、人騒がせなんだよ。

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瀬名 碧芭ちゃんと確認せずに急いで駆けつけたのは眞白じゃない。
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瀬名 眞白
だってそれは、『緊急搬送された』って聞いたからっ。

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瀬名 眞白
誰だってそう聞いたら焦るだろーがっ。

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瀬名 碧芭んん~~!そっかそっかあ!
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瀬名 碧芭心配してくれたんだねっ、
お兄ちゃんは最高に嬉しいよっ、ありがとっ。 -
満面の笑顔を差し向けた碧芭は表情をそのままに、隣の鷹野にもう一度、今度は穏やかな視線を投げた。
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