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鷹野 光星…痛むか?
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瀬名 眞白
大丈夫。なんてことねーよ。

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校庭の端っこにある手洗い場の水道水で、左肘の傷口を洗い流す。
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ヒリヒリしたのは最初だけで、冷水が傷口の感覚を麻痺させるから痛みはあまり感じない。
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体育祭が続いている真ん中から少し離れたこの場所は、まるで学校から切り取られたみたいにとても静かで、蛇口からの流水の音がやけに周囲に響き渡った。
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瀬名 眞白
うう、水が冷てー。

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鷹野 光星ヤンチャだった頃は、やっぱりよく怪我をしたのか?
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瀬名 眞白
ん?
…まあな。喧嘩に怪我は付き物だから。
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瀬名 眞白
俺、喧嘩は強いほうだから、どっちかっつーと怪我させてた側だけど…、

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瀬名 眞白
額をパックリ切られたことあるよ。

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鷹野 光星えっ…
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瀬名 眞白
見る?

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言いながら、右手で前髪を横に流して、8センチほど斜めに細く伸びた傷跡を見せる。
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前髪の根元近くに残るそれは少しケロイド状になっているからか、目にした鷹野は絶句した。
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鷹野 光星っ…、
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瀬名 眞白
中3になってすぐだったかな…この喧嘩はちょっと大変だった。

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瀬名 眞白
額からの出血がすごくて、前が見えにくくてさ。

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鷹野 光星どうして、そこまでの怪我を…?
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瀬名 眞白
仲間が一人絡まれて助けに行ったんだけど、こっちは6人で向こうが8人の喧嘩で。

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瀬名 眞白
そのときに、40センチくらいの角材でやられたんだよ。

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鷹野 光星か、角材…?!
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瀬名 眞白
殴りかかってきたのを避けたつもりだったんだけど、角材の先が掠って、思ったよりもスパッと切れてさ。

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瀬名 眞白
まともに喰らってたら、頭割れてたわ。

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前髪をほぐして元通りに直しながら苦く笑う。
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瀬名 眞白
喧嘩自慢してるみたいで嫌だから、こうやって前髪で隠してる。

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鷹野 光星そこまで傷痕が残る怪我をしてたなんて…、
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瀬名 眞白
こんな感じの傷痕なら他にもある。

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瀬名 眞白
たいしたことじゃねーよ。

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俺にとってはもう過ぎたことで、ヤンチャ時代の思い出話を普通に語ったまで。
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でも、鷹野にとっては違ったみたいで。
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鷹野 光星もう二度と、そういった殴り合うような喧嘩はするなよ?
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少し顔を強張らせて、低い声で諭した。
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鷹野 光星その怪我…、ご家族の方たちも心配しただろう。
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瀬名 眞白
んー…まあな。
当時の俺にとって喧嘩は日常茶飯事だったけど、
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瀬名 眞白
母親と兄貴はすごく心配してたかな。

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瀬名 眞白
父親は、俺のことはフル無視。

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鷹野 光星「フル無視」ってそんな…、
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瀬名 眞白
そんなもんだよ、あの人は。

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鷹野 光星……、とにかく。
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鷹野 光星これからは、怪我を伴う喧嘩はしないこと。
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瀬名 眞白
もともと好き好んで喧嘩してきたわけじゃねーし、

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瀬名 眞白
たぶん、もうしねーよ。

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鷹野 光星「たぶん」じゃなくて、もう絶対にしたらダメだ。
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瀬名 眞白
「絶対に」?

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鷹野 光星そう、絶対に、だ。
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瀬名 眞白
それは、約束できねーかも。

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傷口以外の手の汚れを洗い流しながら、当然のことのように切り返した。
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鷹野 光星どうして?
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瀬名 眞白
時と場合によるから。

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瀬名 眞白
これから先、もしかしたら殴り合いの喧嘩しなきゃなんねーときがあるかもしれねーじゃん。

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鷹野 光星……この間の、山那のときみたいに、か。
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瀬名 眞白
そ。あのときも、俺が喧嘩してなかったら、山那がどうなってたか…。

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考えただけでもおぞましい。
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あのときのヤツらの喧嘩相手が、俺で本当に良かったと心から思う。
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これは不遜な考えじゃなく、喧嘩慣れしていない山那の彼氏がもしも予定通りに来ていたら、どうなっていたか分からない。
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瀬名 眞白
マジでゾッとするわ、あのとき対応したのが俺じゃなかったら…って思うと。

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鷹野 光星確かに、山那を助けてくれたことにはとても感謝しているが…、
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瀬名 眞白
喧嘩が役に立つときもあるじゃん?

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鷹野 光星……
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瀬名 眞白
……なに。

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瀬名 眞白
なんか、納得いかないって顔してる。

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蛇口をひねって水を止めてから、鷹野に向き直る。
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それに合わせて傷口にガーゼを優しく押し当ててくれた鷹野は、どこか思いつめたような顔つきで口を噤んだまま。
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鷹野 光星……
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しばらく、俺たちの間に沈黙が続いた。
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