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黒木 紗衣…雨、止むかなあ。
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どこからかひょっこりと現れた黒木が俺の隣の窓から空を見上げて、誰に言うわけでもなくぽつりと呟く。
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瀬名 眞白
…止んでもらわねーと困る。

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いきなり姿を見せた黒木に少し驚いたが、天気を案じるその表情を一瞥してから窓の外に手を出して雨を受けた。
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黒木 紗衣篠原くんとの練習、頑張ってたもんね。
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瀬名 眞白
円香のためにも、雨には止んでもらわねーと。

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黒木 紗衣予報では、夜には止むって言ってたけど…、
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黒木 紗衣今の降り方だと、ちょっと不安になるね。
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瀬名 眞白
もしもこのまま雨が止まなかったら、体育祭どうなんの?

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瀬名 眞白
やっぱ中止?

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言いながら窓外から引っ込めた手はしっかり雨に打たれていて、溜め息交じりに黒木に向き直る。
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黒木 紗衣うーん…延期にはならないかな。
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瀬名 眞白
だよな…。

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進学校あるある。
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体育祭は、延期してまでやる必要のない行事だという判断。
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雨は嫌いじゃないが、雨天をここまで鬱陶しいと思ったことはない。
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少し不貞腐れながら、残りのオレンジジュースをストローで吸い上げた。
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黒木 紗衣ふふ。
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瀬名 眞白
…んっ…?

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黒木 紗衣瀬名くんって、ほんとに思いやりがある子だよね。
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瀬名 眞白
な、なに、

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瀬名 眞白
いきなり怖いんですけどっ?

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黒木 紗衣だって、体育祭のことをここまで気にするのも、篠原くんのことがあるからでしょ?
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黒木 紗衣そういうところ、とても素敵だなって思ったの。
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瀬名 眞白
あー…そう。

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瀬名 眞白
それはどうも。

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黒木 紗衣……
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瀬名 眞白
なに?

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俺を映す黒木の瞳にちょっとした含みを感じたから、反問するようにジロリと見つめ返す。
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黒木 紗衣…やっぱり、ちょっと違うんだよなあ…。
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瀬名 眞白
「違う」って、なにが?

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黒木 紗衣仮にこれが、『思いやりがあるね』とか『素敵だね』って褒めたのが、鷹野先生だったとしたら、
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黒木 紗衣瀬名くん、もっと嬉しそうにしない?
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瀬名 眞白
…は?!

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瀬名 眞白
(なんだ唐突にっ…)

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黒木がいったい何を考えてこんな疑問を投げてきたのか、全く見当がつかない。
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瀬名 眞白
(ビビるわ、マジでなに…?)

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黒木 紗衣私があなたに声を掛けたときの反応と、鷹野先生が声を掛けたときの反応が、違うように思えるんだよねー。
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瀬名 眞白
考えすぎ。そんな大差ねーよ。

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図星の槍にグッサリと貫かれながらも、平然とシラを切る。
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黒木 紗衣…そっかあ。
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瀬名 眞白
しょーもないこと考えるんだな、意外。

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さらにわざと強めの塩対応で弾いてみたが、
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黒木 紗衣…だよねえ。
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肯定しつつもどこか聞き流す感じで、黒木は窓の外へと視線を馳せた。
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黒木 紗衣……
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黒木 紗衣……んー…、なら、まあ…いいか。
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ひとりごちて短い沈黙を破ったかと思うと、自己完結したような横顔で続ける。
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黒木 紗衣あのね、
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黒木 紗衣私、瀬名くんに、まだちゃんと恩返しをしてないなって思って。
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瀬名 眞白
「恩返し」?

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黒木 紗衣私のこの手に関することで…長年の凝り固まっていたものを、キミは溶かしてくれたでしょ?
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瀬名 眞白
…そんなたいしたことしてねーけど。

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黒木 紗衣そんなことない。
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黒木 紗衣私にとっても鷹野先生にとっても、あなたの言葉のおかげですごく大きな一歩を踏み出せたんだから。
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瀬名 眞白
……

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黒木 紗衣だから、私なりにキミへの恩返しをいろいろと考えてみたんだけど、
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黒木 紗衣さっき、決めたんだ。やっぱりこれかなって。
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ちょこんと向き直った黒木はキリっと表情を引き締めて、俺の瞳をまっすぐに射抜いた。
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