4-3 友達として、今の俺にできることっつーか…、

  • 瀬名 眞白

    円香、思ってたよりも、めっちゃ根性あるな。

  • 篠原 円香

    え、ほんとですか?

  • 瀬名 眞白

    ああ。ピアノの練習ってものすごく厳しいって聞いたことあるけど、

  • 瀬名 眞白

    それを乗り越えてるんだもんな…根性あるはずだわ。

  • 篠原 円香

    そんな風に言ってもらったのって初めてです。嬉しいな。

  • 瀬名 眞白

    やっぱり、将来はピアニストを目指してんだよな?

  • 篠原 円香

    はい。小さい頃からの僕の夢です。

  • 瀬名 眞白

    すげーな。おまえなら絶対になれるよ。

  • それはお世辞ではなく、素人目の俺から見ても円香の演奏は人を惹きつけるものがあると思うから。

  • いつかきっと、『一流ピアニスト・篠原円香』が誕生するはずだ。

  • 篠原 円香

    なりたいですね…ピアニストに。

  • スポーツドリンクを口にした円香は一息ついてから、夏の名残が残る秋の空を見上げた。

  • 篠原 円香

    小さい頃から、母の弾くピアノが大好きで。

  • 篠原 円香

    母のピアノ演奏をきっかけに、自分もピアノに興味を持ったんです。

  • 瀬名 眞白

    へえ…。

  • 篠原 円香

    母は、僕のピアノをいつも褒めてくれるし、

  • 篠原 円香

    夢を叶えるためにすごく応援してくれてるんですけど…、

  • 篠原 円香

    ちょっと重いなって思うときもあって。

  • 瀬名 眞白

    「重い」?

  • 篠原 円香

    体育祭や体育の授業も、見学するように言われることが多いんですよね。

  • 瀬名 眞白

    え?マジで?

  • 篠原 円香

    はい。手を怪我すると演奏者にとっては致命傷になりかねないから…、

  • 篠原 円香

    ピアノを弾く手だから、大切にしないといけないって。

  • 篠原 円香

    体育ってどうしても体を動かすし、怪我のリスクが上がるからって…そういう理由で。

  • 瀬名 眞白

    ……あ。

  • 瀬名 眞白

    もしかして、だからあのときの円香…――

  • 篠原 円香

    え?

  • 瀬名 眞白

    …、

  • 瀬名 眞白

    (だからあのとき、顔からこけたのか?)

  • 瀬名 眞白

    (手を庇うために…?)

  • 篠原 円香

    どうしました?

  • 瀬名 眞白

    …いや、なんでもねー。

  • 閃いた推察をやんわりと隠す。

  • 運動音痴を気にして一生懸命練習に励んでいるヤツに、こけたときの話をわざわざ蒸し返す必要はないと思ったから。

  • 瀬名 眞白

    …ピアノやるにも、いろいろ大変なんだな。

  • 篠原 円香

    …はい。

  • 篠原 円香

    僕も普段から気を付けてはいるんですけど、

  • 篠原 円香

    母は特に、手の怪我には必要以上に敏感になるというか…。

  • 瀬名 眞白

    …そっか。

  • そういった縛りは、人の心を削ったり、可能性を奪ったりする気がしないでもない。

  • だけど、円香の母親の場合のそれは、身勝手に子どもを操るものとは違う深い親心を感じた。

  • 篠原 円香

    来年には留学を控えてますし、
    その前に、小規模だけど発表会もありますし…、

  • 篠原 円香

    実は、今回の体育祭も見学するように言われたんですが、「嫌だ」って言って反抗してます。

  • 瀬名 眞白

    …もしかして、この練習のことも知らねーのか?

  • 篠原 円香

    もちろん言ってません。

  • 「今は親子喧嘩中なので、口をきいてません」と苦笑して続けた円香だったが、どこか辛そうな顔。

  • たぶん、円香は母親と良い親子関係を築けていて、だからこそ自分が抱く主張を母親には分かってもらいたいはずだ。

  • 俺と俺の父親のように、冷え切ってる親子関係でどうでもいいなら、きっとこんな顔はしない。

  • 瀬名 眞白

    …俺は、円香のお母さんの気持ちも分からなくはねーな。

  • 篠原 円香

    …え、

  • 瀬名 眞白

    円香のことを想うお母さんの気持ち、嫌じゃねーわ。

  • 篠原 円香

    瀬名くん…。

  • 瀬名 眞白

    将来ピアニストになるためには、どんなときも手は守らねーと。

  • 篠原 円香

    …、それはそうですが…、

  • 瀬名 眞白

    でも。

  • 瀬名 眞白

    仮に、オーストリア留学を延期することはできたとしても、

  • 瀬名 眞白

    『俺たちと過ごす晴蘭での2年生』は、今しか経験できねーもんな?

  • 篠原 円香

    は、はいっ、そうなんです、だから僕…――

  • 瀬名 眞白

    今回の体育祭にはちゃんと出場して、思い出をしっかり作りたいってことだよな?

  • 篠原 円香

    はいっ!

  • 瀬名 眞白

    だったら、俺が絶対に怪我させねーから。

  • 篠原 円香

    えっ…?

  • 瀬名 眞白

    円香の友達として、今の俺にできることっつーか…、

  • 瀬名 眞白

    この二人三脚で、おまえの手、絶対に死守してやる。

  • 篠原 円香

    ――

  • 瀬名 眞白

    だから、円香のお母さんにも、どれだけ自分が体育祭に出たいのかをもっとちゃんと伝えて、

  • 瀬名 眞白

    『ピアニストの卵の円香』じゃなくて、『晴蘭の2年生の円香』の気持ちを分かってもらおうぜ?

  • 瀬名 眞白

    この先ピアニストになれたとしても、『晴蘭での2年生は、もう二度と経験できないんだ』って。

  • 篠原 円香

    …瀬名くん…。

  • 瀬名 眞白

    あとさ、『クラスの友達が守ってくれるから大丈夫だ』って言ったら、お母さんも少しは安心するかもしれねー。

  • 瀬名 眞白

    …口きかないなんて言わねーでさ。もともと仲のいい親子なのにもったいねーよ。

  • 瀬名 眞白

    できるだけ早く仲直りしろよ、なっ?

  • 円香の肩をポンとやって、ニッと笑って見せる。

  • 少しの間、考え込むように口を閉じていた円香だったが、

  • 篠原 円香

    …「クラスの友達」の部分に、「とても優しくて頼もしい」って言葉を付け加えて、母にしっかり伝えます。

  • 力強く頷いた後、こちらに明るい笑顔を向けた。

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