Ⅱ : 忠告

 次から次へと目の前の男はよく喋る。
「同盟を組んでから日が浅いクセに、わかったような口利かないで!」
 私は、さっきとは違う意味で苛立っていた。
「じゃあ聞くが、この船にいる間に、あいつが熟睡してる姿を見たことがあるか?」
「もちろん……」
 と、答えかけて止まる。

サンジ君は時々、ダイニングテーブルに突っ伏して寝ていることがある。そんな時の彼の行動は二つ。
「あ、ナミさん! 何か飲む?」
 とすぐに起き上がる。
 もしくは、寝てると思ってしばらく何も言わずに眺めていると、
「あの……ナミさん、あんまり見られても恥ずかしいんだけど……」
 とか、
「もしかして、ナミさん惚れた?」
 と、イタズラっぽく狸寝入りをしていたりする。
 結局、私が起こそうとするワケでもないのに、彼は自分で起きるのだ。
 この男の言う通りかもしれない。

「他人の為にばかりあいつは動く」
「だから?」
 それこそ、サンジ君だと私は思う。
 相手に喜ばれること。
 それが彼にとっての喜びなのだから。
「あいつの優しさは美徳かもしれない。だが、今はこんな時代だ。そんな優しいヤツは決して生き残れない」
「……!!」
「この新世界に来るまでの間に何事もなかったワケはないだろう? その中であいつが誰かの犠牲になることが必ずあったハズだ」
 私達をずっと見ていたワケでもないのに、何故この男にはわかるのだろうか。確かに、いつでもサンジ君は仲間の盾になりたがる。

 チョッパーに出会った冬島で。
 私自身はルフィに背負われて意識を失いかけながらも、周りの音はちゃんと聞こえていた。その時のサンジ君に必死に叫ぶルフィの声が、今でもはっきりと耳に残っている。
 そのことを落ち着いてからサンジ君に尋ねても、
「ちょっとヘマしちゃって」
 としか言わず、話をはぐらかされるし。ルフィは何故か不機嫌になるし。
 あの時のサンジ君の怪我の理由は、結局私にはわからないままだけれど、私とルフィを庇った所為なのは間違いない。

 そして空島で、サンジ君はウソップと二人で私を助けに来てくれた。
 ウソップが受けるハズだった雷を、彼は私達を逃がす為に全身で受けた。
 怖かった。
 ウソップは『男の覚悟』とか言ってたけど、そんなのどうでもよかった。サンジ君が死んじゃうかもしれないと思ったら、不安でどうしていいか分からなかった。

「その表情からすると、やはりあるんだな?」
 私は答えられなかった。その時の複雑な思いがよみがえり、心が動揺していた。
「それを踏まえた上で、おれの意見だ」
「……何よ?」
 私はやっとのことで声が出せた。
「おれがお前たち一味の敵だとしたら、真っ先に黒足屋を潰す」
「……!?」
「あいつはかなり頭がキレる。戦闘時のその場での冷静な状況判断、最善の戦術を見つける速さ、仲間への最適な役割分担。普段はそんな素振りを全く見せないが、相当な策略家であることは確かだ」
「……」
「例えば苦境において、麦わら屋は自分のことは自分でどうにかする。仲間のことは信頼して各々の判断に委ねる」
「そうよ。それが?」
「その意思を受けて、仲間が全員助かる最善の策を考えながら、まず最初に動き出すのが黒足屋だろう? あんなに口の悪いあいつに対するお前ら全員の信頼が半端ないからな。あいつなら何とかしてくれる的な。 きっと今までに何度も救われたんだろうことが、おれにだって簡単に分かる」
「それは……」

 確かに、思い当たることはいくつもある。
 アラバスタではMr.プリンスと名乗って私達を助けてくれた。
 ウォーターセブンでは駅に先回りして、ロビンが連行される海列車に乗り込んだ。
 エニエス・ロビーでは正義の門を閉じ、海軍を混乱させてくれたからこそ、私達はあの場から無事に逃げ切れた。
 この間のパンクハザードで子供達を救えたのも、G-5を従えた上での冷静な彼の指示が大きな要因だったのは間違いない。

「更にコックで、戦闘員としても覇気が使える。黒足屋さえ叩けば、麦わらの一味の戦力はかなり削がれるだろう」
「馬鹿なこと言わないで……!!」
「あいつを潰すのは簡単だ。自己犠牲の固まりだからな」
「何が言いたいの?」
 この男の言うことを私は否定出来なかった。
「これからもお前らが今のままなら、あいつが無事でいられるハズがない。あいつ自身、そしてこの一味を大切に想うのならば、全員の意識を変えた方がいい」
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