Ⅳ : 嘘

 ナミさんが驚きの声を上げる。
「ロビンが倒れた⁉︎」
「うん。急に力が抜けたようにバッタリと。で、おれがロビンに駆け寄ろうとしたら、後ろから店のオヤジにリュックを掴まれて動けなくなって……‼︎」
 よっぽど怖かったのだろう。チョッパーの目から、涙が溢れだす。
おれはチョッパーの頭を帽子の上からポンポンと叩いた。
「大丈夫だ、チョッパー。そこまででだいたいの事はわかった」
「サンジ君、わかったの?」
「あぁ、想像はつくさ」
 その後のチョッパーは掴まれたリュックを脱ぎ捨ててロビンちゃんに駆け寄り、人型になって抱え上げ、店の外へ逃げ出す。おそらく外で居眠りしてやがったマリモ野郎も、すぐに異変に気付くハズだ。
 この島を堂々とロビンちゃんが歩いていたのなら、あのおっさんの言うことが正しかったとしたら、島の連中が彼女を放って置くワケがねェ。取り囲まれたと考えるべきだ。
 ゾロがその場でそいつらを全て引き受けたとして、チョッパーはロビンちゃんを抱えて逃げる間に、新たな別の連中に追われてこの森に逃げ込んだ。
「とりあえずそんなトコだろ?」
 そして、今おれ達がいるこの森の、おれの予想が正しければ……。
 おれはゆっくり間をおいてから、それを言葉にする。
「それで、この森に入ってからしばらく経った時、追ってくる奴らが見えなくなった。そしたらチョッパー、お前も気を失って、足を踏み外してどこかに落ちた」
 するとチョッパーが、首が千切れるんじゃねェかって程に何度も首を縦に振る。
「そうなんだ! それで気がついたらロビンが見当たらなくて、ゾロも置いてきちまって。おれ一人でどうしたらいいかわかんなくて……‼︎」
「もしかしたらロビンちゃんは、既にこの島の奴らに連れて行かれたかもしれねェな。それに迷子マリモは、自力じゃサニー号に帰れねェだろうし。問題は山積みだ」
 チョッパーが肩をがっくりと落として俯いた。
 それを見かねたナミさんが、明るい声で提案をする。
「じゃあ記憶をたどって、さっきチョッパーがいた場所からゾロとロビンを探せばいいんじゃないの?」
「いや、ナミさん。それは多分、チョッパーと同じ事を繰り返すだけになるからやめた方がいい」
 おれも最初はそうしようと思ったが、この島に降りてからの数々の事象から判断して、その案は削除していた。
 おれが即答で却下したからか、ナミさんは少し不機嫌そうだ。
「なんでよ?」
「これはあくまでおれの推測なんだが……この森は、今いるこの道から外れると危険だと思うんだ」
「危険?」
「そ。理由は、ルフィがさっき気付いた通り、この森に動物がまったくいねェことと、あのおっさんが教えてくれた木の傷でのみ決められた道を進んできたおれ達には、同じく森に入ったチョッパーと違って体調の変化が何も起こってねェってことだ」
 ナミさんが、納得がいかないという表情で首を傾げる。
「だから?」
「だからさ、ナミさん。おれ達が通ってきた道には風がずっと流れてるだろ?」
「え? あ、うん」
 今の状況では不謹慎なのはわかっているけれど、おれの言葉にキョトンとするナミさんの顔がクソ可愛い。
 そんなことを思ってるなんてことは表にまったく出さねェように、おれはつとめて冷静に話を続ける。
「この森を進むには、今いる道から外れちゃいけねェんだよ。たぶん長い時間ここから外れたトコに行ったら、おれ達も気を失う。そんな、きっと毒みてェなモンがこの森には充満してるんじゃねェかな。もっとも、運が良ければチョッパーと同じぐらいで済むんだろうが、悪かったら……」
「そんなこと……」
 ナミさんの顔から、急に余裕がなくなる。
 きっとおれの考えに反論したいんだろうが、それが思いつかないのか黙っちまった。
「おれも考えたくはねェけど、この島が薬に関してやたらに進歩してる面から推測すると……」
「えっ、そうなのか⁉︎」
 今度はチョッパーが、船医としておれの言葉に興味を示した。
 チョッパーの眼前に、おれは右手の甲を差し出す。
「あぁそうだ。おれがこの手のどこにヤケドをしたのか、まったくわかんねェだろ? チョッパー」
「え? サンジ、ヤケドしてたのか⁉︎ いつ?」
 チョッパーはおれの手の甲を触りながら、真剣な眼差しでヤケドの痕を探っている。
「あの嵐の時に思いきり熱いの被っちまって、けっこう赤くなってたんだけどさ。ここに来る船を貸してくれたおっさんが持ってた薬を言われた通りに塗ったら、あっという間に治ったんだ」
「へェーそうなのか! すげェな‼︎ 全然わかんねェよ」
 チョッパーの目がキラキラと輝く。
 はしゃぐ船医に、おれは声のトーンを低くしてゆっくり質問する。
「でな、チョッパー。それだけすげェ薬とか、お前が行った店に知らねェ薬がたくさんあったっつうことは、この島には大きな声じゃ言えねェ毒みてェなモンも大量にある可能性はあるよな?」
「あっ!」
 チョッパーの動きが止まった。
 それはつまり、おれの推測が当たってる可能性が高いということだ。
「確かに。この森がサンジの言う通り毒性の高い植物ばかりなら、あり得るかもしれねェ。もしかしたらあの店に置いてあったおれが見たことなかった薬は……だからロビンは!」
「多分な」
 おれの一言に、チョッパーが頭を抱えた。
「あぁもう……おれ、医者なのに何も気付かなくて、全然ダメじゃねェか」
「チョッパーのせいじゃねェよ。この島に無事にみんなでたどり着いてたとしても、確実に何か起こってたハズだ。幸い、おれ達の動きはあのおっさんのお陰でこの島の人間には知られてねェから、今はこの状況を最大限に利用すべきだと思う。だろ?」
「確かに、サンジ君の言うとおりね。私達があのおじさんに会えたことで、本当の意味で最悪の状況は避けられてるわ」
「なんだ。細けェことはよくわかんねェけど、じゃあ、おれが海に落っこちて良かったんじゃねェか!」
 今までずっと黙っていたルフィが、帽子を片手で押さえながら陽気に笑う。その上からナミさんの拳骨が炸裂した。
「痛ェ‼︎」
「ルフィは調子に乗るんじゃないの! 私まで溺れるとこだったんだから。ね? サンジ君」
「あ、あぁ」

 反射的に返事をしたが、おれの頭ん中にはあの時のナミさんがかなりヤバかったという恐怖の記憶が一瞬にしてよみがえっていた。
 海に飛び込んで二人を抱え、想像をはるかにこえる大波にのみこまれながらもあの島に辿り着けたのは、ホントに奇跡だったと思う。ま、あの島にあった船の残骸からして、潮の流れがあの島へ向いていたのだろうが。
 あの島についてすぐ、自分が生きていることとルフィに息があることは確認出来たが、おれの腕の中でぐったりしたままのナミさんの姿を思い出すと、今でも背筋が凍りつく。
 傍でまったく動じねェ陽気なルフィに、本気でイラついたのも確かだった。ルフィには、ナミさんが大丈夫だとわかっていたのだろうか。
 水を吐かせて心臓の音は確認出来たもののなかなか目を覚まさなかったナミさんに、おれはただ不安が募るばかりで、何も出来ねェ自分の無力さに押し潰されそうだった。

「どうしたの? サンジ君」
 気付けばナミさんがおれの顔を覗き込んでいた。
「いや、何でもねェ」
 そうだ。彼女は今、元気におれの目の前にいる。
 おれは大きく息を吐いた。
 そして、話を本題へ戻す。
「とにかく、あのおっさんはこの森を熟知してる。もしかしたらこの森は、島の人間も滅多に立ち寄らねェ場所で、バレねェように上陸するのにはベストなのかもな。そのための木の印としか考えらんねェよ」
「じゃあおじさんは、隠れて何しにここへ来てたの?」
「ナミさん、そこまではさすがにおれにもわかんねェよ。そんな話までしちゃいねェし。ま、たとえ訊いたとしてもホントの事は言わなかっただろうってのは予想つくけどな。何にせよただ一つ確かなことは……」
 そこまで言って、おれはルフィを見る。
 こんな時のルフィは、すこぶる勘がいい。
 おれの求めた言葉を、満面の笑みと共に続けてくれた。
「おれ達は、またあのおっさんに助けられたってことだな!」
「そ、そうだけど……」
「何だよ、ナミは何か不満があんのか?」
「別に、そんなことはないけど」
「じゃあ何だよ?」
 質問をしてるのはルフィなのに、ナミさんの視線がおれに向いた。
「サンジ君の言い方が、不安になるじゃない」
「おれのせい⁉︎」
 ナミさんの表情が少し曇っている。
 確かにおれもちょっと考え過ぎて、不安を煽っちまったかもしれねェ。おっさんの行動に関する疑問は、しばらくおれの頭ン中だけに留めておこう。
 ただ、それ以外のことには、早急に対応が必要だ。
 おれは右手で軽く頭を掻いてからゆっくり立ち上がり、新たな煙草を咥えた。
「ま、良く考えりゃ、ロビンちゃんのことだ。チョッパーと離れた後に意識を取り戻して、一足先にサニーに向かってるかもしれねェ。だから一刻も早くおれたちがやるべきことはこの森を抜けて、サニー号へ戻ることだ」
「よし、そうだな‼︎ じゃあみんな、とにかく進むぞ!」
 ルフィが元気よく立ち上がると、それにならってチョッパーも「オー!」と両手を上げて立ち上がった。
 だがナミさんだけが、おれをじっと見上げたまま座っていた。
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