Ⅳ : 誕生日の約束

 賑やかに響くスマホのアラームを止め、時間を確認しようと画面を見ると、ノジコからメッセージが入っていた。
 朝早くからなんだろう?
 そう思いながら起き上がってアプリを開くと、『ナミ、誕生日おめでとう』の文字と盛大なお祝いのスタンプが貼ってあった。
 そっか。
 そうだった。
 今日は七月三日。
 私の誕生日だ。
 すっかり忘れてた。
 考えてみれば、ノジコと離れて暮らすようになって初めての誕生日。実家で一緒に暮らしていた時には、毎年一番に『おめでとう』を言ってくれていた記憶がある。
 今回のメッセージの着信は零時過ぎ。だけど昨夜は珍しく早く寝てしまったから、全然気が付かなかった。
 ノジコのことだ。きっと返事がなくて心配してるだろうから、すぐ連絡しなきゃ。
 そう思った瞬間、電話の着信音が鳴り出した。
 案の定ノジコだった。
「あ、もしもしナミ⁉︎」
「うん」
「良かった。元気そうね」
 やっぱり心配してた。
「ゴメン。すっかり誕生日だってこと忘れてて、昨日の夜は早く寝ちゃって。今起きてからメッセージに気付いたの」
 電話の向こうから、深いため息が一つ聞こえる。
「ナミは相変わらずそういうトコ無頓着なんだから」
「そっかな?」
「そうよ。まあでもすぐ返事が来ないのは、ひょっとして誕生日を一緒に過ごす彼氏が出来たのかもと思ったけど……それはどうやらなさそうね」
 あまりに予想外なノジコの言葉に、私は思わずむせそうになる。
「何それ⁉︎」
「だって本当は、最初から電話かけてお祝いしようとしたんだけど、もし彼氏といたら邪魔しちゃ悪いと思ってやめたんだもん」
「いやだからそれは、まだないってば!」
「おぉっ‼︎」
 速攻で否定する私に、電話の向こうでノジコが嬉しそうな声を上げた。
「えっ……何よ⁉︎」
 私、何か変なこと言った?
「だってナミ、『まだ』ってことは、可能性のある人がもういるってことでしょ?」
「……‼︎」
 しまった。ノジコは昔から勘がいい。
「この前ゴールデンウィークに帰ってきた時に、なんとなくそんな気がしてたんだけど。そっか、あれからまだ進展してないのか……ナミらしいわ」
「え⁉︎ ちょっと何言って……」
 私はあの時、サンジ君のことなんて一言も言ってないのに。
「ま、とにかくナミが楽しそうで安心したわ。ちゃんとその人にも今日お祝いしてもらえるといいね」
「ちょっと‼︎ 勝手に話を進めないでよ」
「何よ? 違うの?」
「いやそれは……」
 違わなかった。
 ノジコに『可能性のある人』と言われた瞬間から、私の頭の中にはずっとサンジ君の顔が浮かんでいた。

 あの雨の日に告白されて以来、私達の関係は元に戻っている。
 彼はあの時言った通り、私にそれまで以上のことを求めることはなく。会えば挨拶したり、昼休みに時間があれば他愛もない話をしたりするくらいで。『前みたいに話せたら、それでいい』という言葉に嘘はなかった。
 それに対して私は『サンジ君のことはちゃんと考えたい』と言った。でも会うといつも居心地が良くて、私の気持ちを伝えないまま一ヶ月が経とうとしている。

「ほら、やっぱりそうなんでしょ?」
「ノジコ……なんでわかるのよ?」
「だって、ナミが毎回する職場の話の中にはもう一人誰かいるハズなのに、なぜかその人のことを全然言おうとしないから。あ、これは私には言いたくない、内緒にしたい人がいるんだなって思うじゃない?」
 そっか。言われてみれば確かに、サンジ君のことを隠しながらする職場の話には明らかに不自然さがあったかもしれない。
 さすがノジコだ。もう完全に降参するしかない。
「参りました」
「そっか、そっか。素直でよろしい」
「でもホントに『まだ』っていうか、あとは私次第なんだ」
「ふーん。もう告白は受けてるのね」
 私の言葉一つ一つから、ノジコはなんでもお見通しだ。
「うん」
「ま、あとは自分でちゃんと考えて答え見つけて、後悔しないようにね。どうなったのかはまたその後で教えてくれればいいから」
「うん」
「そういや、そもそもその彼は、あんたが今日誕生日ってことを知らないの?」
 そう言われて気付く。サンジ君にだけじゃなく、今の職場では誕生日のことは一度も言った記憶がない。教えたくなかったワケじゃなく、ただ話題にならなかったから言う機会がなかっただけなのだけど。
「多分。だって私自身が忘れてたくらいだもん。わざわざ教えてるハズないじゃない」
「それもそっか。でもこれからどうなるかはナミ次第なんだから、今日みたいなきっかけをちゃんと大事にしなさいよ」
「わかってる……つもり」
「そ。ならいいわ。じゃあ仕事無理しない程度に頑張ってね。行ってらっしゃい」
「うん、ありがと。行ってきます」

 相変わらずノジコが言いたいことをポンポン話すだけ話して電話は終わった。でもその中にはいつもさりげない優しさと気遣いが詰まっていて、やっぱり心地いい。
 久しぶりにノジコの「行ってらっしゃい」を聞いてなんだか嬉しくなった。「行ってきます」を口に出したのも久しぶりだった。
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