Ⅳ : 誕生日の約束

 朝の通勤ラッシュの地下鉄に揺られながら、目の前の窓に映った自分の顔を見てボーッと考える。
 サンジ君は、きっと私の誕生日を知らない。もし知っていたら、昨日話した時に話題に出したハズ。
 じゃあ私からどうやって教えれば自然なんだろう。
 訊かれてもいないのに自分から言うのはあまりに不自然だし、いかにもプレゼントを催促してるみたいで嫌だ。でも、サンジ君はそんな風に思わないっていうこともわかっている。
 
 結局何も名案が思い浮かばないまま会社の最寄り駅につき、地下鉄の出口へ階段を昇る。
 地上に出ると、日差しが眩しい。地下鉄の冷房で冷えきった体があっという間に温まり、今日も暑くなることを予感させる。まだ梅雨明けしてないのが嘘みたいだ。
 もともと夏は嫌いじゃないけれど、都会の暑さにはなかなか慣れそうになくて。一つため息をついてから一歩を踏み出すと、「ナミさん、おはよう」と背後から声が聞こえた。
 聞き間違いかと思って驚いて振り返ると、声の主であるサンジ君が笑顔で立っている。今日は珍しく乗った電車が一緒だったらしい。
「朝イチからナミさんに会えるなんて、今日のおれは相当運がいいな」
 サンジ君はそう言いながら私の隣に立ち、当たり前のように隣に並んで歩き始めた。
「逆に今日の運を全部使い果たしたかもしれないんじゃない?」
「えっ⁉︎ そっか……そういうパターンもありか。いや、今日はこれから一日外出になるから、やっぱりここで会えて良かったよ」
「そうなんだ」
「あぁ、ホントは直行するハズだったんだけどね。一緒に行く人が会社に忘れ物しちゃってさ。代わりにそれを取りに寄らねェといけねェんだ」
「ふーん。じゃあ急がないとダメじゃない」
「あぁ、これでもちょっと早すぎるくらいだし大丈夫だよ。こうやって朝からナミさんと歩けるんなら、忘れ物した奴に感謝したいくらいだ」
「大袈裟ね」
「いや、ホントだって」
 そう言って笑ったサンジ君を見て、ドキッとした。
 最近のサンジ君は私に対する感情を隠さない。あまりにストレートすぎてなんだか恥ずかしくて、私は冷静なフリをして茶化してばかりだった。
 彼の隣を歩きながら今朝ノジコと電話で話したことを思い出して、私の心はいつも以上にサンジ君のことを意識してしまいフワフワしている。
「どした?」
 急に黙ってしまった私に、サンジ君が心配そうに訊いた。
「あっ、ううん別に」
 サンジ君の口からお祝いの言葉が出てくる気配が全然ない様子から、やっぱり私の誕生日を知らないんだと確信する。
 そして今日はもう会えないかもしれないサンジ君に、私の誕生日だと教えられるチャンスは今しかなさそうで。
 ひとまず彼にさりげなく訊いてみる。
「今日は出先から直帰するの?」
「うーん、まぁそうしてェとこなんだけど、自分の仕事もけっこう残ってるし。多分戻ってくると思う」
「そっか」
 それなら、帰るまでにまだ話せるチャンスがありそうでホッとした。
 すると、歩きながらサンジ君がわたしの顔を覗き込む。
「あれ……? ひょっとしてナミさん。今日おれがいなくて寂しいとか思ってくれてる?」
「えっ⁉︎ そんなことないってば‼︎」
 なんでそうなるの⁉︎
 慌てて否定する私を見て、サンジ君は嬉しそうだった。
「じゃあおれ、絶対戻ってくるよ」
「……ちゃんと私の話聞いてる?」
「うん。ナミさんが帰るまでにまた会えるように、おれ頑張って仕事終わらせてくるよ」
 話が噛み合ってない気がするけど、私の希望は叶えられそうだし。ま、いっか。
「わかったわよ。だけど私の帰る時間はきっといつも通りだから、無理はしないで」
「うん。ナミさんもね」
 その時、サンジ君のポケットからスマホの着信音が鳴り響いた。サンジ君はスマホを手に取って画面を確認すると「ちょっとゴメン」と言って通話し始める。
 今さっきまで綻んでいた顔が、一瞬で仕事モードに切り替わったのを見てドキッとする。
 そのまましばらくサンジ君は私の隣を歩きながら話し込んでいて。彼の答えてる内容から何かトラブルが起きたことは私にもわかった。
「ナミさんゴメン。行くまでにやることが増えちゃったから、おれ先行くわ」
「うん、わかった。行ってらっしゃい」
 通話を終えて走り出そうとする背中に声をかけると、一度足を止めて振り向いたサンジ君が満面の笑みで答えてくれた。
「行ってきます」
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