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夕方十六時頃、とあるアパートの一室。
天然パーマの黒髪を女物のシュシュのみで結び、PC眼鏡を掛けた萌え袖の中性的な美青年……冬夏藤空(とうかふじぞら)が同居の弟、冬夏桐波(とうかきりなみ)の部屋をノックしていた。 -
藤空
桐波、桐波~!ちょっと良いかな?
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桐波
何、兄さん?そんなに大声を出さなくても聞こえてるって
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数秒後、部屋の主・桐波が姿を現す。
真っ直ぐな茶色の髪を七三分けにしている眼鏡の美少年だ。
地毛の髪色からして違っているのだが、正真正銘の兄弟で……同じ親から生まれている。
又キャラやファッションのせいなのかしょっちゅう逆に思われているが、藤空が二十一歳で大学三年の兄、桐波が十六歳の高校一年の弟である。 -
藤空
桐波耳良いよねー
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桐波
兄さんが遠いだけだって
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藤空
確かに自分の電話の声は大きいって良く言われてたっけ……自分はあの位じゃないと聴こえないんだけどなぁ。
それから実家のテレビの音量も何時の間にか変えられていたり…… -
桐波
ついでにスマホゲームの音量、正直煩いよ
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思わず桐波が言ったように藤空はスマホゲー……特に音ゲーが好きだ。
というより音ゲーでありキャラゲーである物が好きである。
ゲーム内の日替わり課題も意欲的にやっており、それなりの難度でもフルコンボを取れたりする。
又イベント期間中はずっとそのゲームに入浸り、目玉報酬をちゃっかり受け取ったりもしている。 -
『全報酬取ろうと思ったり目玉報酬全てを狙ったりはしていないからガチではない』とは言うものの、藤空の勧めで同じ音ゲーを入れ、推しキャラなんかが居つつも完全エンジョイでイベントも気まぐれに走り、最高難度に触れない桐波のようなユーザーからすると『ガチ勢』にしか見えない。
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特に耳が遠いせいで結構な音量でプレイする藤空である。音ゲーイベ期間終了手前にでもなれば朝から晩までどこに居ようとゲームの音楽がしているのだ。
『ガチ勢』に見えるに決まっている。 -
藤空
え、そうなの!?
自分が主にやっているのは音ゲーだから……皆同じようなもんだと思ってた -
藤空は本当に驚いたという表情で言っている。
それに呆れながら桐波は返した。 -
桐波
兄さんと同じ音量で皆がやっていたら耳が痛くなるって……
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藤空
そっか、ごめんね?
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桐波
まぁ俺は兄さんが耳遠いの知ってるから大丈夫だけど……人前では気を付けた方が良いよ
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藤空
人前で音ゲーやってたら気持ち悪いと思われちゃうって。あんだけ手を動かすんだから……まぁ最悪音無しでも出来はするけど……
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桐波
それは音ゲーと言えるのか……
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藤空
うん、自分もそう突っ込みたくなるから音出してやりたい。桐波が仕事中で気になるなら落とすけど
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桐波
まぁ俺、集中したら大体聞き流してて……聴いてるようで聴いてないから別に平気
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藤空
あ、そっか~。自分も読書に集中すると何も聞こえなくなるし、似たようなもんかー
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桐波
いや、それとは一緒にしないで欲しい
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藤空
えー……相変わらず冷たいなぁ桐波
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不満そうな声を上げてみつつも何時もの事なので、藤空も突っ込むのはそれ位で留めておく。
それを見ながら話は終わりとばかりに桐波が口を開いた。 -
桐波
所で兄さん、何か用だったんじゃないの?
俺今仕事中だから要件は手短にね -
桐波は高校一年生だが、同時にイラストレーターの仕事をしている。
彼がリビングルームでは無く、部屋に籠り出したら仕事開始の合図だった。 -
藤空
うん。あのね……自分の新作ノベライズの話なんだけど
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桐波の問いに藤空はそう切り出す。
藤空も大学生だが、同時にノベライズ作家であった。 -
藤空
挿絵をやってくれるイラストレーターが急病で入院したって電話が掛かって来たんだよね。退院の見通しも立たないとか……
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桐波
って事は代役が必要なのか。それを俺に頼みたいって?
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藤空
うん、勿論報酬はちゃんと出すよ
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藤空の言葉に桐波は……
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桐波
えーーー、わかった
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勿体ぶりつつ頷いた。
二人の間で良く出る何時ものネタである。 -
藤空
ホント?有難う!助かるよ
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桐波
まぁ兄さんの仕事がそれで無くなったりしたら俺も困るから。
で、それ納期は何時まで? -
藤空
桐波が了承してくれたら担当さんが説明に来るって。
桐波の予定に合わせるって言ってたけど……一週間以内に説明させてくれると助かるって -
桐波
……とすると明日の学校帰りとかで良い?
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藤空
うん!それじゃあ夜二十時位に打ち合わせでお願いしてみるね。
ええっとファミレスとかで良いよね? -
桐波
うん、OK
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藤空
じゃあ後は自分が色々調整する。
あ、風呂ももう落としちゃうね -
桐波
じゃあ頼んだ。
俺ももうすぐ仕事が片付くし……夕飯はそんなに遅くならないと思う -
この家では風呂と洗濯が藤空、料理から洗い物までを桐波、掃除は個々と役割分担している。
藤空に料理をやらせると軽くゆでる程度のレベルの物なら平気だが、レシピ通りに作っているのにレシピ外の物が出来る、味が無い物が出来るというような悲劇が起きるからである。
『料理が嫌いでは無い』と本人は言うが、一人でやらせると桐波の仕事が増えて仕方が無いのでそうなったのであった。 -
藤空
わかった楽しみにしてるね!
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藤空は桐波にそう返し、邪魔にならないように『残りのお仕事頑張ってね~』と去って行った。
それを確認した桐波も仕事に戻る。
この物語の主人公はこの二人の兄弟。
変わり者ではありつつも仲良くやっている……残念イケメン達。
そんな二人を待つ明日はどんな色をしているのか?
……そっと覗いてみませんか? -
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