ウシジマくん呟き

8

2026/02/07 11:17
スマホを握ったまま、画面は暗くなる。
返事は、打たない。
——まだ。
風呂場から、シャワーの音が止まる。

水を切る音。
タオルを使う気配。

(……出てくる)

意識が、一気に戻る。
洗面所のドアが開いて聞こえる足音。
社長が、リビングに戻ってきた。
髪は、まだ少し湿っている。
黒いTシャツ。
ソファの横まで来て、ちらっとこちらを見る。

「……何ぼーっとしてんだ」

責めるでもなく。
それから、隣に座る。
距離は、自然に近い。

「……テレビくらい、つけて見ろよ」

低い声。
柄崎は、はっとして顔を上げる。

「あ、……なんか、面白いのとかやってるんすかね」

少しだけ、明るい声で場を、戻そうとする。
リモコンに、手を伸ばしかける。
——その時。
スマホの画面が、ふっと点く。
未読の通知。
「今日、なんかあったの?」
短い文字。
社長の視線が、一瞬だけ、そこに落ちた。
ほんの一瞬。
でも、確実に見た。
柄崎は、リモコンに伸ばした手を、途中で止める。

(……あ)

空気が、わずかに変わった。
社長は、すぐに視線を戻す。
何も言わない。
でも、隣に座ったまま、
動かない。

「……」

テレビは、まだついていない。
社長が、低く言う。

「……返さなくて、いいのか」

問いでも、命令でもない。

柄崎は、一瞬だけ迷ってから、小さく笑った。

「……今は、いいっす」

正直に。

社長は、それ以上踏み込まない。

「……そうか」

それだけ。
リモコンを取って、電源を入れる。
画面が、明るくなる。
音が、部屋を満たす。
でも。
二人の意識は、テレビに向いていなかった。
スマホは、未読のまま。
社長は、何も言わない。
ただ、隣にいる。
——それが柄崎には今夜の答えみたいだった。

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