ウシジマくん呟き

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2026/02/07 11:11
洗面所のドアを開ける。
リビングの灯りが、少し眩しい。
社長は、ソファに座っていた。
顔を上げて…一瞬だけこちらを見る。
——ほんの、一瞬。
視線が、止まった。
言葉は、出ない。
でも、確かに見た。
柄崎は、それに気づいて、
小さく背筋が伸びる。

「……」

社長は、何も言わずに立ち上がる。

「……次、俺が使うわ」

それだけ。
入れ違いに、洗面所へ向かう。
ドアが閉まる音。
カチ、と小さく。
水を出す音が、すぐに聞こえてくる。
——一人。
リビングに、取り残される。
ソファに座り直して、手を膝に置く。

(……なに、してりゃいいんだ)

テレビは、つけない。
勝手に触るのも、違う気がする。
少し迷ってから、ポケットの中のスマホを取り出す。
画面をつけた。
通知が一件。
彼女からのものだった。
短いメッセージ。

「今日、なんかあったの?」

それだけ。
責めるでもなく、
甘えるでもなく。
ただの確認。
柄崎は、画面を見つめたまま、指を動かさない。

(……あった、って言えばいいのか)
(……なかった、って言うのも違う)

社長の家。
社長の服。
静かな夜。
どれも、説明できない。
風呂場から、お湯の音が聞こえる。
シャワー。
——社長が、そこにいる。
それだけで、胸の奥が落ち着かない。
スマホを、一度伏せる。
返事は、まだ打たない。
代わりに、ソファの背に体を預けて、天井を見る。

(……彼女といる時、こんな感じ、なかったな)

比べるつもりは、ないのに。
勝手に、浮かぶ。

また、スマホを見る。
未読のままの、その一言。

「今日、なんかあったの?」

——あった。
でも。
それを、誰にどう話せばいいのか、まだ分からなかった。
水の音が、一定のリズムで続いている。
柄崎は、スマホを握ったまま、ただ、社長を待った。

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