ウシジマくん呟き

5

2026/02/05 23:11
社長が先に歩く。
柄崎は、半歩遅れてついていく。
会話はない。
夜道は、思ったより暗い。
街灯の間隔が広く、足音だけが残った。
社長の歩き方は、一定だ。
迷いも、振り返りもない。
目的地が決まっている歩き方。
柄崎は、それについていくしかない。
(……近いな)
そう思う距離を、詰めもしないし、離れもしない。
並んでいるようで、主導は完全に前だ。
角を曲がる。
住宅街に入ると、音がさらに減る。
犬の鳴き声。
遠くの車。
それだけ。
社長は、信号のない横断歩道で
一度だけ立ち止まり、
左右を見た。
それから、何も言わずに渡る。
柄崎も、黙って続く。
(……呼ばれたってことだよな)
理由は、考えない。
考えても、答えは出ない。
歩いている間、社長は一度も
こちらを見ない。
それが、逆に気になる。
数分後、建物の前で足が止まった。
社長は、ポケットに手を入れ、
鍵を探す。
金属音。
取り出して、一度だけ向きを確かめる。

「……ここ」

独り言みたいな声。
柄崎は、一拍遅れて立ち止まる。
玄関灯が、自動で点く。
社長は、何も言わないまま鍵を差し込む。
柄崎は、その背中を見る。
距離は、もう逃げられない位置だ。
鍵が回る。
小さな音。
ドアノブに手がかかる。
——ここまで来たら、
戻る理由はない。
社長が、ドアを開ける。
中から、あたたかい空気が流れ出る。
そして。

ドアが閉まる。
外の音が、そこで切れる。

「……」

社長は、鍵を回してから靴を脱いだ。
動きに迷いはない。

「……入れよ」

低い声。
柄崎は、少し慌てて靴を脱ぐ。
無意識に、きちんと、揃える。
廊下を進むと、部屋は静かだった。
生活の匂い。
でも、人を迎える感じはない。

「…そこ」

社長が、リビングを指さす。
柄崎は、言われた通りソファに座った。
少し沈む。
社長は、キッチンに向かい、
グラスに水を注いで置いた。

「……飲め」

「……え?あ…、ありがとうございます」

隣に、近いけど、触れない距離に社長が座った。
テレビは、つけない。
冷蔵庫の低い音と、時計の秒針。
それだけ。
時間が、静かに流れる。
柄崎は、水を少しずつ飲む。

社長は、ソファの背に体を預け、目を閉じている。
寝てはいない。
ただ、力を抜いている。

「……」

どれくらい経ったか、
分からない。
社長が、小さく息を吐き目を開けて、低く言う。

「……まだ起きてるか」

確認みたいな一言。

「…はい」

それ以上、言葉は続かない。
また、沈黙。
社長が、ゆっくり立ち上がる。
時計を見る。
それから、
振り返らずに言う。

「……風呂」

「……使うなら、使えよ」

命令でも、
気遣いでもない。
生活の区切り。
柄崎は、少しだけ迷ってから答える。

「……いいんすか」

社長は、洗面所の方を見ながら言う。

「……どうせ、泊まる」

短く一言。
棚から、タオルを取り無言で差し出す。
受け取る時、指先が一瞬触れる。
それで終わり。
柄崎は、小さくうなずいて、
洗面所へ向かった。
背中に、社長の気配だけを感じながら。
——静かなまま、夜がもう一段、進む。

コメント

コメントを受け付けていません。