ウシジマくん呟き
タヒネタ
2026/01/15 00:31飲み会の店に、社長だけが来ていなかった。
開始から三十分。
乾杯はとっくに終わって、誰もがグラスを傾けている。
遅れる連絡も、欠席の連絡もない。
「先に入ってる」
そういう人じゃない。
柄崎は何度目か分からない画面確認をして、
結局携帯を伏せた。
胸の奥が、理由もなくざわつく。
「……迎えに行ってきます」
誰かが「すぐ来るだろ」と言った気がした。
でももう、席を立っていた。
夜の空気は冷たく、
酔いが一気に引く。
会社の裏手に回ったとき、
街灯の下で、地面に落ちている黒い布が目に入った。
一瞬、誰かの服だと思った。
近づく。
黒いパーカー。
見慣れた形。
社長が、よく着ているやつ。
その下に、
赤黒く広がる血溜まり。
「……社長?」
声が、思ったより小さい。
柄崎は走った。
足元が滑る感触も構わず、膝をつく。
倒れている身体に触れる。
肩を揺すっても、返事はない。
「……っ」
指先に伝わる冷たさに、呼吸が止まる。
腕を差し入れ、身体を抱き起こす。
黒いパーカーが血を吸って、重い。
顔を覗き込む。
目は開いたまま、どこも見ていなかった。
「……社長……」
名前を呼んでも、
返ってくるものはない。
胸に耳を当てる。
音が、ない。
周囲で誰かが叫んでいる。
「救急車を呼べ」
「もう呼んだ」
声は確かに聞こえているはずなのに、
意味として頭に入ってこない。
現実は、腕の中の重みだけだった。
柄崎は社長を抱き直した。
逃がさないように、力いっぱい。
「……大丈夫です……」
何が大丈夫なのか、自分でも分からない。
でも、言葉を止めたら、
本当に終わってしまう気がして。
パーカー越しに、
冷たい背中に掌を押し当てる。
「……寒いですよね…」
返事はない。
さっきよりも、
確実に体温が低い。
「俺がいます……」
「柄崎が……いますよ……」
声が震れて、途切れる。
喉の奥が痛い。
誰かが肩に触れた気配がする。
「もう……」と、言いかけた声。
柄崎は、首を振った。
離せない。
今、離したら。
「……まだ……」
まだ、温めれば。
まだ、名前を呼べば。
そんな考えに、必死に縋る。
パーカーの背中を縋るよう握る。
胸に顔を埋め。
自分の体温を、全部渡すみたいに。
冷たい。
動かない。
それでも、腕の力は緩まらない。
遠くで、サイレンの音がした。
近づいてくる。
確実に。
それが分かっても、
柄崎は社長を抱いたまま、動けなかった。
「……いますよ……」
声はもう、ほとんど息だった。
「俺が……いますから……」
冷たさが、腕の中で広がっていく。
それでも、離せない。
サイレンが、すぐそこまで来ている。
足音も、声も、確かに近い。
でも柄崎の世界には、
この重さと、この冷たさしかなかった。
「……丑嶋社長…」
答えはない。
それでも、
名前を呼ぶのをやめられなかった。
返ってこないと分かっていても、
呼ばずに終わることだけは、出来なかった。
赤い光が、
血溜まりと黒いパーカーを照らす。
誰かが近づいて、
柄崎の肩に手を伸ばす。
その瞬間まで、
柄崎は社長を抱きしめ続けていた。
まるで、
この腕の中にいる間だけは、
まだ一緒にいられると信じているみたいに。
開始から三十分。
乾杯はとっくに終わって、誰もがグラスを傾けている。
遅れる連絡も、欠席の連絡もない。
「先に入ってる」
そういう人じゃない。
柄崎は何度目か分からない画面確認をして、
結局携帯を伏せた。
胸の奥が、理由もなくざわつく。
「……迎えに行ってきます」
誰かが「すぐ来るだろ」と言った気がした。
でももう、席を立っていた。
夜の空気は冷たく、
酔いが一気に引く。
会社の裏手に回ったとき、
街灯の下で、地面に落ちている黒い布が目に入った。
一瞬、誰かの服だと思った。
近づく。
黒いパーカー。
見慣れた形。
社長が、よく着ているやつ。
その下に、
赤黒く広がる血溜まり。
「……社長?」
声が、思ったより小さい。
柄崎は走った。
足元が滑る感触も構わず、膝をつく。
倒れている身体に触れる。
肩を揺すっても、返事はない。
「……っ」
指先に伝わる冷たさに、呼吸が止まる。
腕を差し入れ、身体を抱き起こす。
黒いパーカーが血を吸って、重い。
顔を覗き込む。
目は開いたまま、どこも見ていなかった。
「……社長……」
名前を呼んでも、
返ってくるものはない。
胸に耳を当てる。
音が、ない。
周囲で誰かが叫んでいる。
「救急車を呼べ」
「もう呼んだ」
声は確かに聞こえているはずなのに、
意味として頭に入ってこない。
現実は、腕の中の重みだけだった。
柄崎は社長を抱き直した。
逃がさないように、力いっぱい。
「……大丈夫です……」
何が大丈夫なのか、自分でも分からない。
でも、言葉を止めたら、
本当に終わってしまう気がして。
パーカー越しに、
冷たい背中に掌を押し当てる。
「……寒いですよね…」
返事はない。
さっきよりも、
確実に体温が低い。
「俺がいます……」
「柄崎が……いますよ……」
声が震れて、途切れる。
喉の奥が痛い。
誰かが肩に触れた気配がする。
「もう……」と、言いかけた声。
柄崎は、首を振った。
離せない。
今、離したら。
「……まだ……」
まだ、温めれば。
まだ、名前を呼べば。
そんな考えに、必死に縋る。
パーカーの背中を縋るよう握る。
胸に顔を埋め。
自分の体温を、全部渡すみたいに。
冷たい。
動かない。
それでも、腕の力は緩まらない。
遠くで、サイレンの音がした。
近づいてくる。
確実に。
それが分かっても、
柄崎は社長を抱いたまま、動けなかった。
「……いますよ……」
声はもう、ほとんど息だった。
「俺が……いますから……」
冷たさが、腕の中で広がっていく。
それでも、離せない。
サイレンが、すぐそこまで来ている。
足音も、声も、確かに近い。
でも柄崎の世界には、
この重さと、この冷たさしかなかった。
「……丑嶋社長…」
答えはない。
それでも、
名前を呼ぶのをやめられなかった。
返ってこないと分かっていても、
呼ばずに終わることだけは、出来なかった。
赤い光が、
血溜まりと黒いパーカーを照らす。
誰かが近づいて、
柄崎の肩に手を伸ばす。
その瞬間まで、
柄崎は社長を抱きしめ続けていた。
まるで、
この腕の中にいる間だけは、
まだ一緒にいられると信じているみたいに。
