ウシジマくん呟き

おでんが美味く食える場所

2026/10/15 19:12
タイトルがB'zの曲みたいだな!
柄崎なら何処にでもつれていきたいね⋯なんでも喜びそう、なつぶやき。




十一月に入って、日が落ちるのが早くなった。

仕事を終えて駐車場へ戻るころには、建物の向こうがすっかり暗くなっていた。柄崎は肩をすぼめながらハマーの助手席に乗り込み、冷えた指先を擦り合わせた。

丑嶋はエンジンをかけ、しばらくフロントガラスの向こうを眺めていた。

「柄崎」

「はい」

「おでん食いたくない?」

柄崎がシートベルトを引く手を止めた。

「おでん……いいっすね」

「じゃ、決まり」

「飲み、久しぶりだなぁ⋯」

「⋯⋯」

柄崎は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。

「今日、結構寒いし、ぴったりっす」

丑嶋は暖房を入れ、車を発進させた。

大通りに出ると、街路樹の葉が風に吹かれて歩道を転がっていた。信号待ちのあいだ、柄崎は窓の外を眺め、何か思い出したように口を開いた。

「社長、そういや今日の件なんすけど」

「何」

「高田が明日、朝から動けるって言ってました」

「ふうん」

「俺も一応、午前中は空けときます」

「任せる」

そんな話をしているうちに、コンビニの看板が見えてきた。

丑嶋は駐車場へ車を入れた。

入口の脇で、赤いおでんの幟が風を受けて膨らんでいる。

柄崎はそれを見て、ようやく合点がいったようだった。

「飲みじゃないんすか?」

「おでんはここで買える」

丑嶋が幟を指す。

「ああ……」

「適当に買ってきて」

「社長、何がいいっすか」

「牛すじ」

「了解っす」

柄崎は財布を持って車を降りた。

店内に入ると、レジ横の鍋から湯気が立っていた。蓋の下を覗き込み、店員に具を頼む。

牛すじは残っていた分をすべて入れてもらった。大根と卵、こんにゃく、厚揚げ。それから自分の好きなちくわぶを二つ。さすがに牛すじばかりでは寂しい気がして、ちくわも追加した。

汁を多めに入れてもらい、蓋をしっかり閉める。

レジ袋を両手で提げて車へ戻ると、丑嶋がちらりとそれを見た。

「結構買ったな」

「腹減ってたんで」

「俺、そんな食わねえよ」

「牛すじ全部買いました」

「……全部?」

「残り六本だったんすよ。社長、好きでしょう」

丑嶋は袋の中身を確かめ、短く笑った。

「お前、ちくわぶも買った?」

「もちろんっす」

「だと思った」

「帰って食います?」

「いや」

丑嶋はシフトレバーに手をかけた。

「ちょっと行くとこある」

「え、どこっすか」

「着けばわかる」

それきり説明はなかった。

柄崎は首を傾げたものの、追及するほどのことでもないと思ったらしい。
膝の上の袋を傾かないよう抱えていた。

車は住宅街を抜け、倉庫の並ぶ広い道へ入った。

街灯の間隔が開き、建物の隙間から黒い空が見え始める。

「社長」

「ん?」

「これ、どこ向かってんすか」

「おでんが美味く食える場所」

「……そんな店あるんすか」

「店じゃねえよ」

柄崎は窓の外を見た。

しばらくして、道路標識に埠頭の文字が現れた。

「海?」

丑嶋は答えず、ゆるくハンドルを切った。



海沿いの駐車場には、ほかに車が二台停まっているだけだった。

遠くに港の照明が連なり、その下で黒い水面が鈍く光っていた。
風に乗って、潮の匂いがする。

丑嶋がエンジンを切った。

「降りるぞ」

「ここで?」

「そう」

柄崎はおでんの袋を持ち上げた。

外に出た途端、冷たい風が首元を抜けた。

「うわ、寒っ……」

パーカーのフードを被ろうとして、片手が塞がっていることに気づく。

丑嶋は車の脇に立ち、海を見ていた。

「社長、これ外で食うんすか?」

「せっかく来たんだから」

「いや、まあ……」

柄崎は鼻をすすった。

「寒いっすね」

「暖かい部屋で、冬に半袖でアイス食うのと一緒だろ」

「……そうなんすか?」

「知らね」

柄崎が吹き出した。

「何すか、それ」

丑嶋は答えず、袋から容器を取り出した。

蓋を開けると、白い湯気が勢いよく立ち上った。海風にさらわれ、すぐに形を失う。

柄崎も箸を割った。

「いただきます」

まず大根をひと口かじる。

熱い汁が舌に染みて、思わず息が漏れた。

「あっつ……うま」

「火傷すんなよ」

「大丈夫っす」

柄崎は大根を冷ましながら、海へ目を向けた。

沖のほうで船がゆっくり動いていた。波が岸壁にぶつかる音が、一定の間隔で聞こえる。

丑嶋は牛すじを食べている。

柄崎はその横顔を見て、少し笑った。

「何」

「いや。社長、こういうとこ来るんだなって」

「どういうとこ」

「海とか」

「来ちゃ悪いのかよ」

「そうじゃないっすけど」

柄崎はちくわぶを箸で持ち上げた。

「なんか、いいっすね」

丑嶋は返事をしなかった。

柄崎は少しのあいだ黙って食べていたが、やがてぽつりと言った。

「俺、社長となら、どこで何食ってもうまいですよ」

風が強く吹いた。

丑嶋は容器を持つ手に力を入れ、柄崎のほうを見た。

「……お前、何でもうまそうに食うじゃん」

「まあ、そうっすけど」

柄崎は笑った。

「でも、社長と食うのは別っすよ」

「何が」

「何がって……」

考え込んだ柄崎の箸から、ちくわぶが汁の中へ落ちた。

小さく跳ねた汁が指にかかる。

「あちっ」

「何やってんだよ」

「すみません」

丑嶋はポケットからティッシュを出し、差し出した。

柄崎はそれを受け取って指を拭いた。

「ありがとうございます」

「ちゃんと持てよ」

「はい」

しばらくして、柄崎はまた口を開いた。

「こういうの、普通に嬉しいんすよ」

丑嶋は顔を向けなかった。

「仕事終わって、社長と飯食いに海まで来ると思わなかったっすけど」

「……」

「今日、いい日っすね」

丑嶋は牛すじを噛んでいた。

やがて、低い声で言った。

「安上がりだな、お前」

「はは。そうかもしんないっす」

柄崎は少しも気を悪くした様子がなかった。

むしろ嬉しそうに、残ったちくわぶを食べている。

丑嶋は自分の容器を覗き、牛すじを一本取り出した。

「柄崎」

「はい」

「これ食う?」

「え、社長のじゃないんすか」

「多い」

「じゃあ、いただきます」

柄崎は差し出された牛すじを受け取った。

「うまそうっすね」

「お前が選んだんだろ」

「社長の分だったんで貰っていいのかなって」

柄崎は笑いながら口に運んだ。

冷たい風の中、二人は立ったままおでんを食べた。

時折、波の音が大きくなった。

柄崎は最後に残った汁まで飲み干し、空の容器を袋にまとめた。

「ごちそうさまでした」

「食った?」

「はい。腹いっぱいです」

丑嶋が車の鍵を取り出す。

柄崎は名残惜しそうに海を見た。

「社長」

「なに」

「また来たいっす」

丑嶋はドアを開けながら言った。

「寒いんじゃなかったの」

「寒かったっすよ」

「じゃあ寒い時はもう来なくていいじゃん」

「でも、楽しかったんで」

丑嶋は一瞬だけ柄崎を見た。

「……乗れよ」

「はい」


帰りの車内は、すぐに暖まった。

柄崎は両手を膝に置き、背もたれに深く身体を預けていた。

食後の満腹感と暖房のせいで、瞼が重くなっている。

「社長、運転代わります?」

「いいよ」

「でも、俺ばっか食って、しかも寝るのも……」

「寝たきゃ寝とけ」

「……すみません」

柄崎はそう言いながらも、すぐには目を閉じなかった。

窓の外を流れる街灯を眺め、ぽつぽつと今日の仕事の話をした。高田が電話を取り違えたこと。事務所の蛍光灯が切れかけていること。明日の朝、買っておいたほうがいいもの。

話す速度がだんだん遅くなった。

「……あと、社長」

「何」

「牛すじ、うまかったっすね」

「おう」

「また……」

そこで言葉が途切れた。

丑嶋が横を見ると、柄崎は窓のほうへ頭を傾けて眠っていた。

大きな身体を助手席に収め、両手を腹の上で重ねている。口がわずかに開いていた。

丑嶋は前方へ視線を戻した。

次の信号で停車すると、空調の設定温度を二度上げた。

風向きも、助手席の足元へ少し寄せる。

柄崎は身じろぎをして、肩の力を抜いた。

信号が青に変わる。

丑嶋は静かにアクセルを踏んだ。

助手席から、規則正しい寝息が聞こえてくる。

海の匂いはもうしなかった。

それでも丑嶋は、さっき柄崎が笑った顔を思い出していた。

次に来るときは、ちくわぶをもう少し買わせよう。

あれだけ嬉しそうに食うなら、二つじゃ足りないだろう。

そんなことを考えながら、丑嶋は夜の道を走り続けた。

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