ウシジマくん呟き
勝手に決めるな
2026/08/09 17:56柄崎は普段声でかいがいい雰囲気の時だけ静かそうだよなって!!
普段の柄崎は、とにかく声が大きい。
隣にいるのに「社長」と呼ぶ声が通るし、面白いことがあれば腹の底から笑う。
驚いた時などもっと酷い。
何度うるさいと言っても、少し経てば元に戻る。
社長にとって、それはもう柄崎の一部みたいなものだった。
だからこそ、ある夜ふと気づいた。
二人きりで互いの熱が近くなる時だけ、柄崎は不自然なほど静かになる。
最初から気に留めていたわけではない。
呼吸は乱れているし、表情まで隠せているわけでもない。だから、そういうものなのだと思っていた。
けれど一度気づいてしまうと、その静けさがやけに気になった。
柄崎は声が漏れそうになるたび、わずかに顎へ力を入れる。唇を結び、時には息まで止めて、喉元まで上がってきたものを飲み込んでいる。
そのくせ、社長が離れようとすれば腕を伸ばす。
嫌なわけではないらしい。
むしろ逆だ。
なら、なぜそこだけ我慢する。
社長はしばらく黙っていたが、また柄崎が口元を引き結んだところで、とうとう眉を寄せた。
「⋯お前」
突然呼ばれ、柄崎が薄く目を開ける。
「⋯はい?」
「いつも声でけぇのに、なんでこういう時だけ静かなんだよ。」
一瞬、意味が伝わらなかったらしい。
柄崎はぼんやり社長を見返していた。
やがて何を指摘されたのか理解した途端、露骨に目が泳ぐ。
「えっ⋯いや⋯」
「何。」
「その⋯」
柄崎には珍しく、ひどく歯切れが悪い。
社長が待っていると、観念したように小さく息を吐いた。
「⋯好きじゃないかなって。」
「何が。」
「社長が⋯。」
「俺?」
そこまで聞かれて、柄崎はますます困った顔になる。
視線を逸らしながら、ようやく続けた。
「男が、そういう時に声出してんの⋯あんまり好きじゃないのかなって。なんか⋯萎えるとか⋯」
今度は社長が黙った。
数秒。
眉間の皺が深くなる。
「⋯誰が言ったんだよ。」
「いや、誰ってわけじゃ⋯。」
「俺が言ったのか?」
「言ってないっすけど⋯。」
「じゃあ何で勝手に決めてんだよ。」
呆れの混じった声だった。
柄崎は少し気まずそうに笑う。
「だって社長、そういうの嫌いそうじゃないすか。」
「どういうのだよ。」
「なんつうか⋯男があんまり声出すの。」
社長は柄崎をしばらく見つめた。
どうやら冗談ではなく、本気でそう思っていたらしい。
普段はあれほど遠慮なく懐へ入ってくるくせに、変なところで気を回す。
しかも長いこと一人で勝手に結論を出して、こちらが頼んでもいない我慢を続けていた。
「男がどうとか知らねぇよ。」
「⋯はい。」
「お前が声出してるかどうかだろ。」
柄崎がきょとんとした。
その反応を見て、社長はさらに続ける。
「俺、お前に萎えるから黙ってろなんて言ったことねぇけど。」
「⋯ないっすね。」
「嫌ならとっくに言ってる。」
あまりにも社長らしい言い方だった。
好きだとも、聞きたいとも言わない。
ただ、嫌なら言っている。
柄崎にはそれだけで十分だったらしい。
驚いていた顔が、少しずつ緩んでいく。
「⋯じゃあ俺、ずっと無駄に我慢してたんすか。」
「知らねぇよ。」
「結構頑張ってたんすけど。」
「頼んでねぇ。」
柄崎は堪えきれず笑った。
その声は、いつもの柄崎そのものだった。
「なんか⋯安心しました。」
「何が。」
「いや。社長、嫌なんだと思ってたから⋯。」
「だから勝手に決めんなって言ってんだろ。」
「はい、すみません⋯。」
返事だけは素直だった。
けれど柄崎は、まだ少し照れくさそうにしている。
長く抑えることが癖になってしまったせいか、急に我慢しなくていいと分かったところで、簡単には切り替えられないらしい。
やがてまた反射的に唇を噛んだ。
それを見た社長が、低く呼ぶ。
「柄崎。」
「⋯はい。」
「またやってる。」
指摘されて、柄崎は困ったように笑った。
「癖になってるんすよ。」
「だったら直せ。」
「そんな簡単に言います?」
「俺の知ったことか。」
そう言いながら、社長の指が柄崎の頬へ触れる。
噛んでいた唇から力を抜かせるように、親指が口元を軽く撫でた。
柄崎はその仕草に目を瞬かせる。
「⋯社長。」
「んだよ⋯。」
「ほんとに、いいんすか。」
社長は少しだけ眉を寄せた。
まだ確認するのか、とでも言いたげだった。
それでも今度は茶化さなかった。
「お前が勝手に我慢してんのが気に食わねぇって言ってんの。」
柄崎は黙った。
その言葉が思った以上に嬉しかったのか、しばらく社長を見つめたまま動かない。
「⋯分かりました。」
やがて返ってきた声は、先ほどよりずっと柔らかかった。
その後も柄崎は何度か昔の癖で息を押し殺した。
けれど、そのたびに社長の言葉を思い出す。
嫌なら言っている。
無理に黙る必要はない。
そう分かってから、少しずつ肩から余計な力が抜けていった。
社長は何も言わなかった。
聞こえても笑わない。
からかいもしない。
ただ、そこにいる。
柄崎にとっては、それが何より安心できた。
今まで自分が恥ずかしいと思って隠していたものまで、この男にとっては「柄崎がそうしている」以上の意味などないらしい。
そのことが嬉しかった。
そして翌朝。
昨夜のことなど何もなかったように、柄崎がキッチンから声を張る。
「社長ー! コーヒー淹れます!?」
間髪入れず、寝室から低い声が返ってきた。
「朝っぱらから声でけぇんだよ!」
柄崎は一瞬黙ったあと、
「⋯そこはやっぱ駄目なんすね」
と、一人で笑った。
昨日と普段はどうやら完全に別枠らしかった。
普段の柄崎は、とにかく声が大きい。
隣にいるのに「社長」と呼ぶ声が通るし、面白いことがあれば腹の底から笑う。
驚いた時などもっと酷い。
何度うるさいと言っても、少し経てば元に戻る。
社長にとって、それはもう柄崎の一部みたいなものだった。
だからこそ、ある夜ふと気づいた。
二人きりで互いの熱が近くなる時だけ、柄崎は不自然なほど静かになる。
最初から気に留めていたわけではない。
呼吸は乱れているし、表情まで隠せているわけでもない。だから、そういうものなのだと思っていた。
けれど一度気づいてしまうと、その静けさがやけに気になった。
柄崎は声が漏れそうになるたび、わずかに顎へ力を入れる。唇を結び、時には息まで止めて、喉元まで上がってきたものを飲み込んでいる。
そのくせ、社長が離れようとすれば腕を伸ばす。
嫌なわけではないらしい。
むしろ逆だ。
なら、なぜそこだけ我慢する。
社長はしばらく黙っていたが、また柄崎が口元を引き結んだところで、とうとう眉を寄せた。
「⋯お前」
突然呼ばれ、柄崎が薄く目を開ける。
「⋯はい?」
「いつも声でけぇのに、なんでこういう時だけ静かなんだよ。」
一瞬、意味が伝わらなかったらしい。
柄崎はぼんやり社長を見返していた。
やがて何を指摘されたのか理解した途端、露骨に目が泳ぐ。
「えっ⋯いや⋯」
「何。」
「その⋯」
柄崎には珍しく、ひどく歯切れが悪い。
社長が待っていると、観念したように小さく息を吐いた。
「⋯好きじゃないかなって。」
「何が。」
「社長が⋯。」
「俺?」
そこまで聞かれて、柄崎はますます困った顔になる。
視線を逸らしながら、ようやく続けた。
「男が、そういう時に声出してんの⋯あんまり好きじゃないのかなって。なんか⋯萎えるとか⋯」
今度は社長が黙った。
数秒。
眉間の皺が深くなる。
「⋯誰が言ったんだよ。」
「いや、誰ってわけじゃ⋯。」
「俺が言ったのか?」
「言ってないっすけど⋯。」
「じゃあ何で勝手に決めてんだよ。」
呆れの混じった声だった。
柄崎は少し気まずそうに笑う。
「だって社長、そういうの嫌いそうじゃないすか。」
「どういうのだよ。」
「なんつうか⋯男があんまり声出すの。」
社長は柄崎をしばらく見つめた。
どうやら冗談ではなく、本気でそう思っていたらしい。
普段はあれほど遠慮なく懐へ入ってくるくせに、変なところで気を回す。
しかも長いこと一人で勝手に結論を出して、こちらが頼んでもいない我慢を続けていた。
「男がどうとか知らねぇよ。」
「⋯はい。」
「お前が声出してるかどうかだろ。」
柄崎がきょとんとした。
その反応を見て、社長はさらに続ける。
「俺、お前に萎えるから黙ってろなんて言ったことねぇけど。」
「⋯ないっすね。」
「嫌ならとっくに言ってる。」
あまりにも社長らしい言い方だった。
好きだとも、聞きたいとも言わない。
ただ、嫌なら言っている。
柄崎にはそれだけで十分だったらしい。
驚いていた顔が、少しずつ緩んでいく。
「⋯じゃあ俺、ずっと無駄に我慢してたんすか。」
「知らねぇよ。」
「結構頑張ってたんすけど。」
「頼んでねぇ。」
柄崎は堪えきれず笑った。
その声は、いつもの柄崎そのものだった。
「なんか⋯安心しました。」
「何が。」
「いや。社長、嫌なんだと思ってたから⋯。」
「だから勝手に決めんなって言ってんだろ。」
「はい、すみません⋯。」
返事だけは素直だった。
けれど柄崎は、まだ少し照れくさそうにしている。
長く抑えることが癖になってしまったせいか、急に我慢しなくていいと分かったところで、簡単には切り替えられないらしい。
やがてまた反射的に唇を噛んだ。
それを見た社長が、低く呼ぶ。
「柄崎。」
「⋯はい。」
「またやってる。」
指摘されて、柄崎は困ったように笑った。
「癖になってるんすよ。」
「だったら直せ。」
「そんな簡単に言います?」
「俺の知ったことか。」
そう言いながら、社長の指が柄崎の頬へ触れる。
噛んでいた唇から力を抜かせるように、親指が口元を軽く撫でた。
柄崎はその仕草に目を瞬かせる。
「⋯社長。」
「んだよ⋯。」
「ほんとに、いいんすか。」
社長は少しだけ眉を寄せた。
まだ確認するのか、とでも言いたげだった。
それでも今度は茶化さなかった。
「お前が勝手に我慢してんのが気に食わねぇって言ってんの。」
柄崎は黙った。
その言葉が思った以上に嬉しかったのか、しばらく社長を見つめたまま動かない。
「⋯分かりました。」
やがて返ってきた声は、先ほどよりずっと柔らかかった。
その後も柄崎は何度か昔の癖で息を押し殺した。
けれど、そのたびに社長の言葉を思い出す。
嫌なら言っている。
無理に黙る必要はない。
そう分かってから、少しずつ肩から余計な力が抜けていった。
社長は何も言わなかった。
聞こえても笑わない。
からかいもしない。
ただ、そこにいる。
柄崎にとっては、それが何より安心できた。
今まで自分が恥ずかしいと思って隠していたものまで、この男にとっては「柄崎がそうしている」以上の意味などないらしい。
そのことが嬉しかった。
そして翌朝。
昨夜のことなど何もなかったように、柄崎がキッチンから声を張る。
「社長ー! コーヒー淹れます!?」
間髪入れず、寝室から低い声が返ってきた。
「朝っぱらから声でけぇんだよ!」
柄崎は一瞬黙ったあと、
「⋯そこはやっぱ駄目なんすね」
と、一人で笑った。
昨日と普段はどうやら完全に別枠らしかった。
