ウシジマくん呟き

意味

2026/07/27 16:29
季節なんていつでも寒いほうがいい!




「鍋でもやります?」

そう言ったのは柄崎だった。

「寒くなってきたし、たまには家で食うのもいいかなって。」

「……ん。」

社長は短く返事をした。

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柄崎のアパート。

買い物袋を床に置くと、柄崎はキッチンの棚を見上げた。

「あれ……鍋、どこしまったっけ。」

棚の一番上。

背伸びをしても少し届かない。

「よいしょ……。」

白いTシャツが持ち上がり、腰が少しだけのぞく。
あと少し。
指先が棚の奥を探っていると、不意に背後に気配が止まった。

「……社長?」

返事はない。

次の瞬間。

Tシャツの裾が、人差し指でほんの少しだけ持ち上げられた。

「……えっ、なんすか……」

社長は腰を見たまま、小さく言う。

「……虫に食われたのか。」

「……?」

「赤くなってる。」

「え、どこっすか?」

柄崎は振り向こうとする。
しかしその前に、社長がしゃがみ込んだ。
じっと腰を見つめる。

「そんなひどいっすか?」

柄崎は少し笑いながら言う。

「虫かな……。痒みとかないんですけど。」

社長は何も答えない。
ただ、その赤くなった場所へ顔を近づけ――
ほんの一瞬だけ、そっと唇を寄せた。

「……っ。」

柄崎の肩がびくりと震える。

「な……え……社長……。」

社長は立ち上がる。

表情は変わらない。

「早く鍋見つけろ。」

ぶっきらぼうな声。

「腹減った。」

そのまま何事もなかったようにリビングへ戻っていく。

柄崎だけが、その場に取り残された。

「…………。」

鍋はすぐ目の前にあった。

それなのに、しばらく手が動かなかった。

やっと棚から土鍋を下ろし、小さく息を吐く。

「……参ったな。」

誰に聞かせるでもない独り言だった。


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数日後。

仕事の合間、柄崎は何気なくスマートフォンを眺めていた。
雑学の記事を流し読みしていると、一文が目に留まる。

「腰へのキスには、『独占したい』『特別な存在』という意味がある、と言われることがあります。」



「……え。」

思わず読み返す。

「いや、いやいや……。」

頭に浮かぶのは、あの日のこと。
白いTシャツをめくられた感触。
無言で見つめる社長。
そして、あの一瞬。

「……そんなわけ。」

自分に言い聞かせるようにつぶやく。
でも、胸の奥は少しだけ落ち着かなかった。


---

その夜。

鍋を囲みながら、柄崎は何度も社長の横顔を盗み見る。

「社長。」

「なに。」

「この前、その……。」

「肉、取れよ。」

「あ、はい。」

器に社長が欲しいものをよそう。
社長は器を受け取って、そのまま食べ始めた。
結局、話はそれきり。
記事のことも聞けなかった。
聞いたところで、

「知るか。」

と返されるのか。
それとも、本当に意味を知っていたのか。
柄崎には分からない。
社長も何も言わない。
ただ、湯気の向こうで静かに鍋の様子を見ているだけだった。

その横顔を見ながら、柄崎は苦笑する。

「……ほんと、分からない時あるな⋯社長って。」

その小さなつぶやきだけが、部屋の湯気に溶けていった。

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