ウシジマくん呟き

新人シリーズ

2026/06/17 16:55
出先の帰りだった。
新人も一緒だった。
入ったばかりだから、今日は同じ車で戻ることになった。

「乗れ」

社長が鍵を鳴らす。

新人が少し慌てたように頭を下げる。

「ありがとうございます!」

柄崎はその様子を見て笑った。
それから何も考えず助手席へ向かう。
いつもそうだからだ。
だが。

「おい」

呼ばれて振り返る。
社長はハマーにもたれたまま顎をしゃくった。

「後ろ」

一瞬、意味が分からなかった。

「え⋯」

「新人、前」

たったそれだけ。
理由も説明もない。
だが十分だった。
新人は恐縮しながら助手席へ回る。
柄崎は固まったまま動けなかった。
胸の奥が妙に重い。

「柄崎さん?」

新人に呼ばれ、慌てて笑う。

「いや、いいよ」

自分でも驚くほど普通の声だった。
後部座席へ乗り込む。
ドアが閉まる。
エンジンが掛かる。
車が走り出す。
新人は楽しそうだった。

「この車かっこいいっすね」

「そうか」

「乗り心地もいいし」

「ふーん」

「社長、これ燃費どうなんです?」

「悪い」

「ですよね!」

会話が続く。
助手席と運転席で。
柄崎は窓の外を眺めた。
街灯が流れていく。
別に。
本当に別に。
新人が前に座ろうが構わない。
当然だ。
今日はたまたま一緒だっただけだ。
なのに。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
前から聞こえる笑い声が遠い。
いつも見ている横顔も遠い。
距離なんて数十センチしか変わっていないのに。
妙に遠かった。
新人が振り返る。

「柄崎さん眠いんすか?」

「いや」

「静かだから」

「ちょっと疲れてるだけ」

適当に誤魔化す。
本当は違う。
疲れてなんかいない。
ただ面白くないだけだ。
自分でも呆れるくらい。
車が事務所へ着く。
新人は礼を言って先に降りていった。
ドアが閉まる。
急に静かになる。
柄崎はまだ後ろにいた。
動く気になれなかった。

「降りねぇのか」

前から声が飛んでくる。

「⋯降ります」

返事をしたのに身体が動かない。
しばらくして。
社長がバックミラー越しにこちらを見る。

「何だ」

「何でもないっす」

「そうか」

短いやり取り。
それで終わるはずだった。
なのに。

「明日から前乗れ」

柄崎が顔を上げる。

「え」

「道覚えただろ、あいつ」

ぶっきらぼうな声。
それだけ。
それだけなのに。
胸の奥の痛みが少し消えた。
自分が嫌になる。
たった一言で機嫌が直るなんて。

「⋯はい」

社長はもうこちらを見ていなかった。
柄崎もそれ以上何も言わない。
ただ。
車を降りる時だけ。
少しだけ柄崎の足取りが軽くなっていた。
柄崎は知らない。
助手席じゃなくて。
社長の隣を取られた気がしていたことを。
そして。
社長も知らない。
最初に「後ろ行け」と言ったあと。
ルームミラー越しに映った柄崎の顔が。
思った以上に寂しそうで。
少しだけ気になっていたことを。

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