ウシジマくん呟き

寝癖

2026/06/03 11:32
社長の寝癖見たい。⋯。


昼過ぎ。

事務所は珍しく静かだった。

ソファでは社長が寝ている。

最初は名簿を見ていたはずなのに、気づけば腕を組んだまま眠っていた。

柄崎は向かいのデスクで書類を整理しながら、その姿をちらちら見ていた。

起きている時は怖いのに、寝ている時は妙に無防備だ。

しばらくして社長が目を覚ました。

ゆっくり身体を起こし、まだ眠そうな顔で柄崎を見る。

「柄崎」

「おはようございます」

「腹減ったな……」

「第一声それっすか」

社長は返事もせず、ぼんやりした顔で座っている。

その時だった。

柄崎は気づく。

頭の後ろに小さな寝癖が立っていた。

思わず二度見する。

社長にも寝癖なんてつくんだな、と妙におかしくなった。

「なんだ」

「いや」

「なんだよ」

「寝癖」

社長は無言で後頭部を撫でる。

当然直らない。

柄崎は耐えきれず吹き出した。

「何笑ってんだ」

「いや、無理っす」

「何が」

「社長にもあるんすね、そういうの」

「⋯」

もう一度撫でる。

やっぱり直らない。

「じゃあ直せ」

「俺が?」

「お前が見つけたんだろ」

「理不尽だなあ」

そう言いながら柄崎は立ち上がった。

社長の後ろへ回る。

近い。

思ったより近い。

少し迷ったあと、そっと髪に触れた。

意外だった。

もっと硬いと思っていた。

けれど柔らかい。

短い髪なのに指先に心地よく触れる。

寝癖を直そうと撫でる。

けれど気づけば髪より頭そのものを撫でていた。

「おい」

「はい」

「はやく直せ」

声は不機嫌そうだった。

けれど社長は避けない。

払いもしない。

そのままじっとしている。

柄崎は少し笑った。

「嫌なんすか」

「うるせぇよ」

「嫌なら離れますけど」

社長は答えなかった。

その沈黙が妙におかしい。

柄崎は髪を整えながら考える。

この人はいつも強くて。

怖くて。

何でもできそうで。

何も困らなそうで。

だけど寝るし。

腹も減るし。

寝癖もつく。

当たり前のことなのに、不思議と安心した。

社長も人間なんだなと思う。

「はい、直りました」

柄崎が手を離す。

社長は何事もなかったように立ち上がった。

「飯行くぞ」

「急っすね」

「腹減ったっつってんだろ」

「はいはい⋯」

二人で事務所を出る。

前を歩く社長の後ろ姿を見る。

もう寝癖はない。

けれど、さっき指先に触れた柔らかな感触だけは、なかなか消えなかった。

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