ウシジマくん呟き

柄崎の財布

2026/05/28 21:13
社長は天邪鬼マックスだからねって。



「……まだ使ってんのか、それ」

赤信号で止まった車の中。
社長が前を向いたまま言った。
助手席の柄崎は、財布を片手に「ああ」と笑う。

「これっすか」
黒い革財布。
角は擦れて、  端も少し剥げていた。

「別れた女にもらったやつだろ」

「まぁ」

 柄崎は平然としている。

「物に罪ないっすからねぇ。思い出もそんなないんで、普通に使えるっつーか。ものはいいんすよ、これ。」

社長は眉を寄せた。
なんか気に食わない。
未練があるわけでもなさそうなのに、平気な顔で元カノの財布使ってるのが。

でも、 『それ使ってんの嫌だ』 とは言えない。
社長は無言でハンドルを切った。

「あれ」

柄崎が窓の外を見る。

「こっち帰り道じゃなくないっすか?」

「黙って乗ってろ」

「なんすか急に」

車内には、コンビニで買ったコーヒーの匂いだけが漂っている。


だから夜の車内は妙に静かだった。
しばらく走って、車は大通り沿いの店の前へ止まる。
柄崎が目を丸くした。

「……え?」

「降りろ」

「は?」

「財布見に来たんだろ」

「いや来てないっすけど!?」

店へ入っても、柄崎はまだ意味がわかっていない顔をしていた。

「え、なんすか」

「なにがいいんだよ」

「……はい?」

「財布」

社長は露骨に不機嫌そうな顔で棚を見ている。

「誕生日とかじゃないのに……」

「いいだろ別に」

低い声。

「あの財布、もうボロいだろ。変えろよ。貧乏くせぇ」

柄崎はしばらく固まっていた。
それから、ゆっくり社長を見る。

「……俺に、買ってくれるんすか」

「欲しいならな」

「マジで?」

「声でけぇって」

なのに柄崎、 次の瞬間めちゃくちゃ嬉しそうに笑った。

「え、うわ、どうしよ」
「やば」
「社長これ見てください」
「え、俺こういうの持っていいんすか?」

隠しもしない。
顔が完全に浮かれている。
社長はその横で舌打ちした。
たかが財布で、なんでそんな嬉しそうなんだ。

「……ほんと、ガキかよ」

「だって嬉しいっすもん」

柄崎は笑ったまま財布を抱える。

「めちゃ大事にします」

その顔を見て、 社長は少しだけ目を逸らした。
……連れてこなきゃよかった。
どうせなら、もっと普通の顔しろよ。と。

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