ウシジマくん呟き

柄崎の片思い

2026/05/10 10:49
日常に溢れる社長を意識する瞬間の積み重ねで、柄崎はいつかおかしくなれよ、ってな。(?)




車に戻った瞬間、社長の機嫌が最悪になったのが分かった。

「……は?」

タイヤが潰されている。

しかも運悪く、スペアまで使えない状態だった。

柄崎がしゃがみ込んで確認している横で、社長は露骨に眉を顰める。

「これ、最悪っすね」

「……ありえねぇよ」

本気で嫌そうな顔だった。

結局、近場でタクシーも捕まらず、移動手段は電車しかなかった。

ホームでも社長はずっと不機嫌で、電車が来た瞬間も嫌そうに舌打ちする。

「……人多」

「しゃーないっすよ」

乗り込んだ車内は、思ったより混んでいた。

社長は露骨に人を避けるように車両端へ移動する。
つり革を掴む前に、ポケットからウエットティッシュを出して挟んだのを見て、柄崎は少し笑いそうになった。

その時、電車が大きく揺れる。

隣のサラリーマンがぶつかりそうになって、柄崎が咄嗟に身体を引いた。

「お前危ねぇから、こっち」

低い声と一緒に、軽く肩を引かれる。

次の瞬間、柄崎は壁際に押し込まれる形になっていた。

目の前に社長の身体がある。

ただ前に立たれているだけなのに、やたら近かった。

左右に伸びた腕が壁みたいで、柄崎はその内側に閉じ込められている。

揺れる度に服が擦れる。
視線を上げれば、すぐそこに喉仏があった。

近い。

こんな風に、社長の体温を近くに感じたのは初めてだった。

微かに香水とも煙草とも違う匂いがする。

それだけで、鼓動がうるさい。

「……ちゃんと掴まってろ」

社長はそれだけ言って、もう外を見ている。

多分、この距離に何の意味も感じていない。

ただ、人避けのために立っているだけ。

気にしているのは、自分だけだ。

そう思うと、余計に落ち着かなかった。

別に、「大丈夫です」と言って離れることだってできる。

社長の隣に並び直すことも。

なのに柄崎は、それをしなかった。

揺れる度に近づく熱も、
狭い空間も、
自分だけが変に意識しているこの状況も。

全部、離れ難かった。

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