ウシジマくん呟き

飲み帰りに

2026/04/23 10:13
ゲームセンターの話。

夜の空気は、酒の熱をゆっくり冷ましていく。

「……さむ」

柄崎は肩をすくめながら、隣を歩く。
頬はまだ赤く、足取りも少しだけ軽い。
社長は何も言わず、一定のペースで前を行く。
その途中で、ふと。

「あれ」

柄崎が足を止めた。
古びたビルの一角。
小さなゲームセンターが、ぽつんと灯りを漏らしている。
見覚えは、ない。

「こんなとこありましたっけ」

「知らねえ」

興味の欠片もない返事。
けれど柄崎はもう、ガラス越しに中を覗き込んでいた。
色とりどりのぬいぐるみ。
機械音。ネオンの明かり。
少しだけ、顔が緩む。

「最近できたんすかね」

そう言いながら振り返る。

「社長」

「なんだよ」

「ちょっと寄っていいっすか」

間髪入れずにドアに手をかける。
社長は露骨に嫌そうな顔をしたが、止めはしない。

「これ取れたら——」

柄崎が指差した先。
うさぎのぬいぐるみ。
少しだけ端に寄って、どこか中途半端な位置にある。

「俺とプリクラ撮ってください」

「……は?」

一拍の間。

「男二人でプリクラって正気かよ」

当然の反応。
柄崎は笑う。

「いいじゃないすか」

軽い調子。

「三回までな」

どうせ無理だろ、と言いたげな声。

「取れたらな」

「言いましたね?」

その顔が、少しだけ楽しそうで。
次の瞬間にはもう、機械の前に立っている。
クレーンがゆっくりと降りる。
一回目。
かすめて、外れる。

「……惜しい」

二回目。
少し動く。

「お、いい感じ」

そして三回目。
息を止める。
アームが引っかかる。
そのまま——
ぽとり、と落ちた。

「っしゃ」

小さく、でも確かな達成感。
振り返ると、
丑嶋があからさまに顔をしかめていた。

「……んだよ」

舌打ち。
柄崎はうさぎを抱えたまま、にやりと笑う。

「約束っすよ」

プリクラ機の前。

「男性のみの利用はお断りします」

貼り紙を一瞥して、

「誰もいないしいいじゃないすか」

あっさりと言い切る。
確かに、他に客はいない。
社長はため息をつきながら、中に入った。
狭い空間。
やけに近い距離。

「……狭えな」

「こんなもんすよ」

柄崎は慣れた手つきでコインを入れる。

「……やけに慣れてんな」

「女ってこういうの好きなんで」

操作しながら、さらっと言う。

「付き合わされて覚えました」

「……くだらねえ」

吐き捨てるように言いながらも、出ていく様子はない。

「可愛くピースしてね!」

機械音声が響く。
柄崎は即座にピースを作り、うさぎを抱えて笑った。
何の迷いもない、素直な笑顔。
対して、

「……あ?」

丑嶋は完全に場違いな顔をしている。
カウントが進む。
シャッターが切られる。
次の指示。

「仲良くくっついて〜!」

「やるか」

即答。
けれど柄崎が軽く腕を引くと、
一瞬だけ抵抗して——
結局、そのまま。
距離が、近づく。

「……ざけんな」

小さく舌打ちが落ちる。
またシャッター。
さらに次。

「ハートを作って〜!」

「アホか」

拒否する声と同時に、
柄崎が半ば無理やり手を引く。
形になりきらない、歪なハート。
それでも容赦なく、撮られる。
機械が静かになる。
数秒後、プリントが吐き出される。
柄崎はそれを手に取って、覗き込んだ。

「うわ……ちゃんと撮れてる」

少し嬉しそうな声。
差し出されて、丑嶋も視線を落とす。
そこに写っているのは、
終始楽しそうな柄崎と、
終始不機嫌そうな自分。

「……」

無言。
けれど、ほんの一瞬だけ。
視線が止まる。
柄崎の、あの笑顔に。

「……いらねえ」

短く言って、目を逸らす。
柄崎は笑った。

「俺が持っときます」

大事そうにポケットへしまう。
外に出ると、夜の空気が戻ってくる。
さっきより少し静か。
並んで歩き出す。

「また来ましょうよ」

軽い調子で言う。
冗談みたいに。

「……来ねえよ」

間髪入れずの否定。
けれど——
少しだけ間を置いて。

「……それ、邪魔だろ」

うさぎを顎で示す。

「持ってやる」

差し出される手。
柄崎は一瞬だけ目を瞬かせて、
それから笑う。

「優しいっすね」

「うるせえ」

奪うように受け取る。
そのまま歩き出す。
不機嫌な顔のまま、うさぎのぬいぐるみを抱えて。
その姿を、柄崎は少しだけ後ろから見て——
小さく、笑った。

コメント

コメントを受け付けていません。