ウシジマくん呟き

社長の独占欲って

2026/03/30 19:04

天邪鬼の独占欲ってやばそうだよなって話だよ。



最初は、ほんの小さな違和感だった。
柄崎が彼女と連絡を取っている。
それ自体は、今までも珍しいことじゃなかった。
むしろ、柄崎みたいな男なら、そういうものがある方が自然だった。
だから社長も、最初はただの景色として見ていた。
パソコンをいじりながら横目で、ああまた誰かと楽しそうにやってるな、くらいに。
けれど。
その“楽しそう”が、目に入るたびに、胸の奥に小さなざらつきが残る。
女がいることが嫌なんじゃない。
柄崎が誰を好きでも、誰と会おうが、本来なら自分には関係のない話だ。
そう割り切ってきたし、そうでなければ面倒だった。
それなのに。
柄崎がスマホを見て笑う。
その笑いが、自分の知らない場所に向いている。
それだけで、妙に腹が立つ。
腹が立つ理由を考えても、きれいな言葉にはならなかった。
「彼女に嫉妬している」わけではない。
女そのものに敵意があるわけでもない。
ただ、柄崎の時間が、自分の知らないところへ流れていく感じが、どうしても気に入らなかった。
今まで、柄崎はもっとこちらを見ていた。
仕事中も、移動中も、食事の時も。
くだらない話をして、無駄に笑って、呼べばすぐ来た。
その当たり前が、他の誰かに削られていく。
それが、嫌だった。
ある日。
夕方の事務所で、柄崎が彼女と電話をしていた。

「いや、それはさすがに無茶だって」

「うん、明日なら多分行ける」

声が少し柔らかい。
いつもの、雑で荒い調子より少しだけ甘い。
それを聞いた瞬間、社長の手が止まる。
自分でも嫌になるくらい、耳がそっちを向く。
電話を切ったあと、社長は何でもないふうを装って言った。

「明日、回収付き合え」

柄崎が少し驚いたように顔を上げる。

「え、明日っすか」

「ちょっと予定――」

そこまで聞いた瞬間、被せるように言葉が出た。

「ずらせ」

空気が一瞬だけ変わる。
柄崎が口を閉じる。
社長自身、その言い方が必要以上に強いことは分かっていた。
だが、引けなかった。
理由なんて、本当はなかった。
急ぎの回収でもない。
他の人間でも回せる。
ただ、明日、柄崎の時間を他に取られたくなかった。
それだけだった。
柄崎は少しだけ不思議そうな顔をしながらも、最後には「……分かりましたよ」と笑って引いた。

その瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなる。
それで社長は、はっきり自覚し始める。
自分はもう、柄崎の予定にまで口を出したくなっている。
そこからは、もっと露骨だった。
誰かが柄崎に仕事を頼めば、横から取る。

「それ、こっちで使う」

「お前は別件やれ」

他の人間と一緒に外へ出そうとすれば、差し替える。

「柄崎は俺が連れてく」

柄崎が別の誰かと雑談していれば、用もないのに呼ぶ。

「おい」

「はい?」

「こっち」

それだけ。
理由なんて、後からいくらでも作れた。
書類の確認。
事務所に届く伝票の受け取り。
名簿の整理。
どうでもいい指示。
全部、柄崎を自分の視界に戻すための口実になっていく。
最初のうちは、柄崎もそこまで深く考えなかった。
社長の気まぐれ、くらいに流していた。
けれど、回数が増えると、さすがに違和感になる。

「……社長、最近なんか俺ばっか呼びません?」

そう笑いながら言われた時、社長は一瞬だけ詰まった。
図星だったからだ。
だが、顔には出さない。

「気のせいだろ」

そう返す。
返しながら、自分でも嘘だと分かっている。
気のせいなわけがない。
明らかに、意識して呼んでいる。
意識して、近くに置こうとしている。
それは触れ方にも出始めた。
前は必要最低限しか触れなかったくせに、今は柄崎が離れようとすると、自然に腕を掴んで止める。
説明の途中にも肩が近い。
狭い場所ですれ違う時、必要以上に距離を詰める。
最初は全部、無意識に近かった。
だが、ある時ふと気づく。
柄崎がそれを嫌がっていない。
むしろ、少しだけ嬉しそうにしている。
触れられるたび、ほんのわずかに息が変わる。
目の色がやわらぐ。
その反応を見るたびに、もっと、と思ってしまう。
もっと近くに。
もっとこっちを見ろ。
もっと、自分にだけそういう顔をしろ。
その欲が、日に日に強くなる。
社長は相変わらず、自分の中でそれを“好きだから”とは認めない。
認めた瞬間、もう引き返せないと分かっているからだ。
だから、独占欲も別の言葉で処理しようとする。
使いやすいから。
仕事で一番信用出来るから。
手元に置いておいた方が楽だから。
余計なトラブルを起こさせないため。
全部、言い訳だった。
本当はもっと単純だ。
柄崎が自分以外に向いていると、腹が立つ。
自分以外に笑っていると、落ち着かない。
自分の知らないところで満たされていると、面白くない。
そして何より。
自分のそばにいる時の柄崎が、一番しっくりくる。
それを知ってしまったから、もう戻れない。
ある夜。
回収帰りの車の中で、柄崎がふとスマホを見て、彼女からのメッセージに小さく笑った。
その瞬間、社長の中で何かがはっきり線になる。
嫌なのは女じゃない。
相手が誰でもいい。
男でも女でも、どうでもよかった。
ただ。
柄崎の一番近いところに、自分以外の何かが入るのが、嫌だ。
その事実を理解した瞬間、ぞっとするくらい腑に落ちた。
信号待ち。
社長は前を見たまま、低く言う。

「……お前、最近忙しいな」

柄崎が少し笑って返す。

「まあ、ぼちぼちっす」

その軽さに、またざらつく。

「……暇作れ」

ぽつりと言う。
柄崎がきょとんとする。

「は?」

「……俺の分」

そこでやっと、社長自身も自分が何を言ったのか気づく。
だが、もう遅い。
言葉は出たあとだった。
車内に沈黙が落ちる。
柄崎はしばらく黙ってから、少しだけ目を細める。
それは驚きでもあり、嬉しさでもあり、たぶん確信だった。

「……社長って、たまにすげぇこと言いますよね」

その声は笑っていた。
でも、社長には分かる。
こいつは今、ちゃんと受け取った。
自分が、柄崎の時間を欲しがったことを。
それから、独占欲は隠しきれなくなっていく。
柄崎が誰と会うのか気にする。
どこに行くのか聞く。
遅くなれば連絡しろと言う。
電話に出ないと苛立つ。
他の人間といるのを見れば、あとで理由もなくそっけなくなる。
なのに、本人はまだ、それを不器用にしか出せない。

「戻るの遅ぇ」

「その話、長ぇ」

「そいつじゃなくて俺に回せ」

全部、命令みたいな形でしか出てこない。
優しく言えばいいのに。
「一緒にいたい」と言えばいいのに。
そんな言葉は、喉のどこかで引っかかって、どうしても出ない。
だから代わりに、行動だけがどんどん露骨になる。
柄崎の予定を押さえる。
隣に座らせる。
帰りの車では当然のように乗せる。
食事も、自分と行く前提で話す。
離れようとしたら、すぐ呼ぶ。
そうしているうちに、社長の中で一つだけ、確かになる。
もう“手元に置いておきたい”じゃ済まない。
柄崎は、自分の近くにいなければ駄目なのだ。
少なくとも、自分はそう思い始めている。
それは静かで、重くて、どうしようもなく厄介だった。

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