ウシジマくん呟き
社長のが、欲しい
2026/03/06 17:30コンビニの前。
夜風が少しだけ冷たい。
社長はアイスコーヒーを片手に、どら焼きを黙って食べている。
いつも通り、無駄な音も立てない。
柄崎はその横に立っている。
じっと見ている。
「……」
社長がふと目だけ動かす。
「後で返すならやるよ」
どら焼きを少し持ち上げる。
柄崎は慌てて首を振る。
「いや、いいですよ。社長のだし……」
社長は一口かじる。
「じゃあ、ずっと見てくんなよ」
柄崎は目を逸らす。
でもすぐまた戻る。
どら焼きを見てるわけじゃない。
その、食べる口の動きを見てしまう。
視線が何度も流れる。
社長がため息をついた。
「……やるよ」
どら焼きを差し出す。
「お前にずっと見られて食欲失せた」
「え!?ひどっ…」
柄崎が笑う。
「俺のせいっすか……」
言いながら取りに来る。
手に持ったどら焼きを少し眺める。
「いいんですか……?」
社長が眉を寄せる。
「早く食えよ…」
柄崎は少し視線を落とす。
「すみません……いや……あの……」
小さく頭を下げる。
「いただきます」
一口かじる。
味なんて、正直どうでもいい。
甘いとか、そんなのより。
さっきまで社長が口をつけていた。
それが、なんか嬉しい。
でも同時に、そんなこと考えてる自分が少し変な気もする。
もう一口かじる。
「うまいっすね、これ」
社長は無言でコーヒーを飲む。
「明日買います。社長の分も」
社長が横目で見る。
「いらねぇよ」
「えー、なんでですか」
柄崎が笑う。
社長が短く言う。
「…今日それ食う気分だったんだよ。
その俺の気分、今お前が食ってるけどな。」
柄崎が一瞬止まる。
どら焼きを見て、
それから社長を見る。
少し耳が赤くなる。
「……それ言うと食いづらいっすよ」
社長は肩をすくめる。
「じゃあ返せ」
柄崎はどら焼きをぎゅっと持つ。
「嫌っす」
少し笑って言う。
「これはもう俺のです」
社長は小さく鼻で笑う。
「最初からそのつもりだろ」
柄崎は答えない。
ただ、残りをゆっくり食べた。
