ウシジマくん呟き

触りたい欲 1

2026/02/15 21:02
柄崎から社長に触りたい欲は生まれると思うんだ!って考えてたんだよな。



事務所の夜。
外の音はほとんど入らない。
机の上に積まれた名簿。
回収済みと未処理を分けている最中。
社長がページをめくる音だけが続く。

「これ、前の分だな」

「え、どれです」

柄崎が椅子から立つ。

座ったままだと見えない位置。
机の横に回り込む。
社長の肩越しに覗き込む形になる。
距離が近い。
けれど仕事中では普通の距離。
社長が指で番号を示す。

「ここ」

柄崎も同じ場所を押さえる。
名簿が分厚くて、片手だと閉じそうになるから。
指先が重なった。
一瞬。
紙を直せば済むだけ。

「……あ、ほんとだ」

柄崎がページをずらす。
その時、指が滑る。
離れず、位置だけ変わる。
社長は手を引かない。
そのままページをめくる。
自然な動作。
触れたまま次の番号を見る。
会話も続く。

「この客、まだでしたっけ」
「明日、高田が行く」

仕事は普通に進んでいる。
なのに、名簿を閉じる時になっても
手が離れない。
閉じた表紙の上に、指が残る。
二人とも気づいているのにどちらも直さない。
蛍光灯が小さく鳴る。

「次を早く取れよ」

社長が言う。
でも手はそのまま。
柄崎も動かない。
次の名簿に伸ばすはずの手が出ない。
数秒。
理由がない沈黙。
柄崎が視線を落とした。
触れている指先に、遅れて意識が追いつく。
その瞬間、社長の指がわずかに動く。
押さえる位置が変わるだけの動き。
けれど、重なり方が、はっきりする。
名簿は机の上に閉じたまま。
仕事は終わっていないのに、次に進まない。
誰も何も言わないまま、手だけが残っていた。

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