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 ルカス・トンプシーは依頼の打ち合わせの為にグロバナー家に来ていた。
打ち合わせの内容はいくつかあったが、もうじき行われる貴族向けのパーティのことも話題に上がった。
パーティではデビルズパレスの主が暮らしている世界の食べ物を提供することになっており、フィンレイは知らない世界の食べ物のことが特に気になっているようだった。
「──それで、君が作るのはメロンパン……だったかな。それはどういったパンなのか教えてくれ。メロンが使われているのかい」
「いいえ──中にはメロンが使われているものもあるそうです。ですが一般的なメロンパンにメロンは使われておりません。今回私達がお出しする物はメロンが使われていない物になります」
「ふむ……メロンが使われていないのに、メロンパン、か」
 首を傾げるフィンレイにルカスはメロンパンはパン生地にクッキー生地を被せて焼く甘いパンであること、格子状の模様を付けてメロンに見立てていることなどを伝える。
グロバナー家主催のパーティなのだから、提供する食事の事をフィンレイが気にするのは当然ではあったが、ルカスは自分達の主に興味を向けられたようで存外喜ばしかった。
 フィンレイは黙って話を聞き終えてからなるほど、と微笑んだ。
「話を聞いていると、まるでスイーツのようだ。興味深い」
「ええ。……フィンレイ様ならご興味を持っていただけるかと思いまして、ひと通り材料を持ってきているんですよ。焼き上がりまでには少々お時間をいただきますが──キッチンをお貸しいただけるのであればすぐに準備いたします。いかがなさいますか?」
「うん、頼む」
「はい。かしこまりました。少々お待ちくださいね」
 ルカスが笑って立ち上がると同時にフィンレイも席を立った。
何か用事でもあるのだろうかと思い特段気に留めず、材料の入った荷物を持ってキッチンへ向かうと後ろをフィンレイが着いてくる。
「あの、フィンレイ様?」
「うん?なんだ」
「何かご用事でしたか?」
「いや、なに。私もそのメロンパンを作るところを見てみたい。何しろこの世界では見ない食べ物だからね」
「かしこまりました。ぜひご見学ください。……とは言っても大部分は屋敷で作ってきてしまっているのですが」
 キッチンに着いてメロンパンの材料を広げるとフィンレイはしげしげと眺めた。
材料といってもあとは成形して焼くだけにしてきていたから、何か代わり映えしたものがあるわけではなかった。
ルカスはもうほとんど完成しているものだし面白味も何もないだろうと若干申し訳なさすら感じていたが、フィンレイは上機嫌だった。
 パン生地をクッキー生地で包む手元をフィンレイが熱心に見つめているものだから、断られるのを承知で
「フィンレイ様もおひとつ作ってみますか?」
 と声を掛けると面白そうだと乗り気で手を洗い始めた。
グロバナー家の当主にメロンパン作りをさせていいものかとも思ったけれど、子どものように生地を触るフィンレイが愛愛しくて笑みがこぼれる。
「フィンレイ様、そちらは──」
「猫だよ。可愛らしいだろう」
「ふふ……猫ですか。とても可愛らしいと思います」
 ──得意げに笑う貴方が何よりも。
メロンパンは小さいサイズのものが全部で六個並べられた。
フィンレイが作った猫形のものを一番火の通りが良さそうな場所に置いて、オーブンへ入れる。
「あとは焼き上がりを待つだけでなので、フィンレイ様はお部屋でお待ちください。キッチンは少しばかり冷えますから」
「……つれないことを言うな、ルカス。私は今日初めて君とキッチンに立ち、とても有意義な時間を過ごせた。今この時は君の恋人としてここに立っていたい」
「……そうですか。そういう事でしたら」
 ルカスは廊下に置かれていた来客用の椅子を一脚持ってくるとフィンレイに座るよう促す。
甘い香りが立ち込め始めたキッチン内。
二人は会話を交わすこともなく穏やかな時の流れの中に身を置いた。
 ふと椅子に腰かけたフィンレイがルカス、と名前を呼んで小さく手招きする。
ひとつ返事をして目線を合わせるように身を屈めると口付けられた。
角度を変えて何度も唇を触れ合わせていると、フィンレイの舌が上下の歯列をなぞってから小さなリップ音を立てて唇が離れた。
「ルカス、舌を出せ」
「ふ……、はい」
 言われるままに舌をべ、と伸ばすと唇は離れたままに舌先同士が湿った音を立てて絡まる。
至近距離にあるフィンレイの宵闇に興奮がずくずく項を這った。
舌先を飲み込むように再び唇が触れ合って舌で上顎を撫でられた。
 しばらく吐息を重ね合わせて唇が離れる。
フィンレイは満足そうに笑うとルカスの唇を親指で撫でた。
「私はメロンパンを口実に君に触れたかったんだろうな」
「ふふ……。メロンパンも丁度焼ける頃ですよ。今お持ちいたしますね」
 焼きあがったメロンパンをテーブルに並べると甘くて香ばしい香りに全身が包まれる。
「うん、綺麗に焼けましたね。フィンレイ様の猫ちゃんも可愛らしく仕上がっておりますよ」
「それは君が食べてくれ、ルカス」
「おや……。よろしいのですか?」
「ああ。君に食べてほしい」
 ではお言葉に甘えて、とルカスは猫型のメロンパンを手に取った。
屋敷で試作しているものと味は大差ないはずだけれど、やたらと美味しく感じられて幸せだった。
 ──数日後。開催されたパーティの会場では丸型、星型、月形などのメロンパンのほかに猫型のメロンパンも並んだ。
フィンレイは猫型をひとつ手に取ってくつくつ笑った。
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