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「ルカス、お前、本当に大丈夫なんだろうな」
 アグノームへ向かう道中。
予定では野営地から休憩をとらず真っ直ぐに、村まで向かってしまう予定だった。
けれどルカスの顔色が決していいとは言えない。
つい先日、過労と寝不足から屋敷内で倒れたばかりの彼は、まだ体調が万全ではないのだろう。
白い肌はくすんで土気色。
日頃はぺらぺらとよく回る口はじっと噤んだまま。
そんな状況でも、心配をかけさせまいとしているのか大丈夫だと笑っていたけれど、その笑顔はあまりに覇気も生気もない。
 ベリアンと相談をして、同行している主の為という名目で休憩をとる事にした。
馬車が止まると、降りようとする主をエスコートする為、ルカスが立ち上がりかけたが、それを制して前へ出る。
「私がやる。お前はここで休んでいろ」
「ミヤジ……だけど……」
 自分だけ休んでいるわけにはいかない、とでも言いたいのだろう。
その言葉を待たずに馬車を降りた。
雪の上へ降り立つと、さふさふと雪を踏みしめる音が鳴る。
御者席にいたベリアンが不安そうな顔をして歩み寄ってくる。
「ミヤジさん、お疲れ様です。ルカスさんは──」
「馬車で休むように言ってある」
「そうですか。良かったです。……もっと落ち着いて休める場所があればよかったのですが」
 ベリアンがため息をついて馬車へ視線を向ける。
カーテンが閉め切られた窓では、外から中の様子は分からないけれど、降りてこないところを見ると、こちらが思っている以上に体調が悪いのかもしれない。
ナックやラムリも口々にルカスへの心配を口にした。
しかし心配をしていても回復するわけではなく、やるせなさが募る。
今はただ一刻も早く彼が万全になることを願うのみだった。
 しばらくの間外で雪遊びをしたり、ぼうっと時間を潰したりして、そろそろ体も冷えてきたから村へ向かおうかという話が出始めた。
主に余計な心配をかけないように、また、格好のつかない姿を主に見せなくて済むように、先に様子を見てくるからまだ待っていてくれ、と伝える。
 馬車の扉を開けて驚いた。
あの、あのルカス・トンプシーが、足を投げ出し、座ったままぐったりと窓に凭れかかっている。
「おい! おい、しっかりしろ! 大丈夫か?」
「ぅ゛……。ミヤジ……? ──ああ、すまない。少し眠ってしまったみたいだ……」
 いつも通りを装って体を正すけれど、漏れる呼吸は荒く重い。
土気色になった顔の中で、目の周りだけが奇妙に赫っぽくて、誰が見ても即座に分かるほど病人の顔付きをしていた。
「ルカス、お前、本当に大丈夫なんだろうな」
 大丈夫なわけがない。
それなのに、そんなぶっきらぼうな言葉しか出てこない。
 本音は今すぐにでも馬車ごと屋敷へ引き返してしまいたい。
暖かい部屋と、柔らかな布団。それから胃に優しい食事を与えて、何も気にせず思考の波を堰き止めて、ゆったりと休ませてやりたい。
やりたいけれど、そうできないのが現実だった。
「ああ。問題ないよ。本当に、少し眠っていただけだから」
 大丈夫かと問えば、この男が大丈夫だと返事をすることなんて分かりきっていたのに。
何も出来ない自分自身に、くさくさしたやりきれない思いが沸き起こる。
ぐ、と握りこんだ拳を見つめていると、その拳にルカスの細長い指先が添えられた。
じわりと触れた先から体温が広がっていく。
顔を上げればゆったりと目を細めて笑っていた。
「……ねえ、ミヤジ。体調は大丈夫なんだけれど……ひとつだけ、お願いしてもいいかな」
「なんだ? 言ってみろ」
「……ううん。やっぱりやめておく。悪いね」
 離れようとした指先を捕まえて抱き寄せる。
首筋にかかる呼気がやけに熱い。
「いいから。いい加減体調の悪い時くらい、甘えることを覚えろ」
「ミヤジ……。うん、ありがとう……」
 抱き寄せたまま背中を撫でさする。
こんなにも、頼りなげな体つきをしていたのか、この男は。
目を離すと消えてなくなってしまいそうな儚さに、不安が芽生えて下唇を噛む。
「ミヤジ……」
「なんだ」
「……キス、したい。もちろん、伝染すと悪いから頬でも手でもどこでもいい。ミヤジがキスしてくれたら、頑張れそうかな、なん、て……」
 ルカスが喋り終わる前に唇を塞いだ。
触れた唇は輪郭が分からなくなるほど熱を持っていて、少しでも乱暴に扱えば爆ぜてしまいそうだった。
「ん……ふ、ぅ……、は……、ぁ」
 無理をさせないように触れるだけに留めた。
けれどただでさえ荒くなっていた呼吸を乱れさせるには、ほんの一瞬あれば充分だったようで、後悔と心配が猛スピードで全身を巡る。
「ありがとうミヤジ。……君がいれば、私は立ち続けられる」
「……立ち続ける必要はない。お前が立てなくなった時には、私がいる。ベリアンや、ラムリくん、ナックくん、仲間が大勢いる。……みんなで待つさ、また立てるようになるまで」
「……ありがとう」
 ルカスの頭を撫でて額にキスを落としてから、外で待機していたベリアン達に声を掛ける。
準備をして、馬車を走らせてからそう時間の経たないうちのことだった。
アグノームの上空に、無数の光が見えたのは──。
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