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 その日は偶然三人が揃って時間の空きができた。
それに気付いたベリアンが嬉しそうに「こんな機会、滅多にないことですから三人でお茶会でもしませんか」と誘いに来た。
 午前中のうちに重要な仕事は粗方片付け終えて、約束していたコンサバトリーへと向かう。
時折ベリアンと二人でお茶会をする事はあったけれど、三人揃ってとなると最後にしたのはもう随分昔のことだ。
 災禍の監獄での出来事を経て、ルカスとの関係性は大きく変わった。
変わったけれど、関わりを避けていた時間は決して短いものではなかった。
それ故に今更あえて二人でお茶会を、とはなかなかならず──と言っても、ルカスからは時たま誘われていたが断り続けていた──今も微かな緊張を鳩尾の辺りに感じる。
 コンサバトリーへ着くと先に来ていたベリアンとルカスに迎えられた。
「お疲れ様です。ミヤジさん」
「お疲れ様、ミヤジ。君の分も食べてしまうところだったよ」
 そう言って渡された、皿に乗った二つのフィナンシェ。
人の分まで食べる男ではないだろう、と思いながら黙って受け取る。
ベリアンが昔話に話を咲かせていたところだと教えてくれたけれど、ぶっきらぼうな短い返事しか出てこない。
 どうにもルカスを前にすると、ただでさえあまり動かない表情筋も、多いとは言い難い口数も、氷漬けにでもされているように、固まったままになってしまいがちだ。
三百年近くそうしてきた弊害だろうと頭では分かってはいた。
しかしルカスがあまり気に止めていないようだったこともあって、自分でも特に関わり方を見直そうとはしなかった。
下手に大人ぶったりせず、自然体の自分を見せられることに甘えていたのかもしれない。
「……こうして三人でお茶会をするのは随分久しぶりに感じますね」
「ああ。そうだね。昔は時間を見つけて、こうして三人で過ごす時間を楽しんだものだけれど」
「……昔と今では状況も随分変わった。それだけのことだろう」
 そうだねと頷いたルカスの顔にはくっきりとした隈が浮いていて、またろくに寝ていないのかと呆れてしまう。
ベリアンの淹れた紅茶を飲みながら、横目で隈を睨んでいると、視線に気付いたルカスが何?とでも言いたげな顔を向けてきた。
答えずに視線を逸らして、フィナンシェを食べようかと口に運びかけた。その時──
「……ねえ。もしも明日私が死んだら……その時はどうする?」
 なんてことを突如ルカスが言い出したものだから、持ち上げて口に辿り着かなかったフィナンシェがボロッと崩れて、慌てて皿の上に戻す。
ベリアンは、と思って視線を向けると紅茶を飲もうとしたのだろう。
ティーカップに手を添えて、心痛な面持ちでじっと俯いていた。
「えっ。ちょっと、嫌だなあ。そんなに深い意味があるわけじゃなかったんだ。……急にこんな事を言ってすまなかった。私は別に死ぬつもりも、予定も何もないよ」
「ぁ、ああいえ……。でも、どうして急に、そんな……」
 絞り出したベリアンの声は震えていた。
ルカスは申し訳なさそうに頬を二、三度掻いてから、怖がらせるようなことを言って申し訳なかったともう一度謝った。
 なぜ急にそんな事を言い出したのか、ミヤジには全く理解不能だった。
理解不能だったけれど、同時に少し分かるような気もした。
一瞬先の未来が見えない世界の中では、皆が皆口には出すことがなかったとしても、日々自分の命の置き場所を探し続けている。
天才ルカス・トンプシーも例外ではないだろう。
死を身近に感じている立場だからこそ、余計に。
「いや、ね。私が死んだら、この屋敷には医療係がいなくなるだろう?交渉係はナックくんもいるし、ユーハンくんだって頼りになる。けれど──」
 目が合う。
慈愛の皮を被ったあまりに鋭い二つの月。
逸らしたいのに、逸らすことができない。
本当は言いたいのだろう。医療係に戻ってこいと。
それは百も承知している。
そしてそれに今すぐこの場でウンと返事をしないことを十分に分かっていて、今この男はこの話をしているのだろうことも。
「……ふふ、時間だ。次の依頼の打ち合わせに行ってくるね。ベリアン、ミヤジ、今日はありがとう。二人のお陰でとても楽しい時間が過ごせた。また、誘って」
 変な話をしてごめんと言いながら去っていく背中を、ベリアンと静かに見送った。
何か言葉を発したいような、反対に何も発したくないような、暗い色をした靄が足元に広がっている。
その空気ごと胃袋に収めてしまいたくて、崩れたフィナンシェの欠片を口に放り込んで無理矢理飲み込んだ。
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