SS

 珍しくルカスが酔い潰れた。
夕方に接待だと言って出ていったルカスが半分以上も出来上がって帰ってきた。
そんな状態でアルコールの匂いをプンプンさせながらワインボトルを抱えて、飲もうと誘ってきたものだからもちろん断った。
断ったけれど
「残念。じゃあ一人で飲むよ」
 と出ていった彼を見過ごせずについ後を追いかけてしまった。
酒に強いルカスのことだ。
医者でもあるし、いい大人なのだし、心配することはないだろう。
けれどふらふら歩く後ろ姿は何とも頼りなく、こんなになるまで飲んで、と呆れた気持ちが湧き出る。
 飲み始めてから泥酔するまでは、普段の彼からは考えられないほど早かった。
既に相当酔っ払っていたこともあるのだろうけれど、ボトルの半分も空けないうちにテーブルに突っ伏した。
「おい……寝るならベッドに行くぞ」
「んー。らいじょーぶ」
 回らない呂律でひらひら手を振った。
いつもの完璧に作られた笑顔ではなく、ふにゃふにゃと情けないくらい顔を綻ばせて。
こんなにもだらしのない姿を見せられているにも関わらず、可愛いだなんて思ってしまうのは惚れた弱みというやつなのだろうか。
「みやじぃ」
「……なんだ。もう、寝るぞ」
「……わたし、間違えたのかなぁ。でも、きみもあの子も助けたくて、わたし、わたしね……」
 つい一瞬前まで笑っていたのに今度ははらはら泣き出した。
何の話を始めて泣いているのかはすぐに理解できた。
理解できたけれどその姿は、自分の選択に間違いはなかった、と言い切った時の姿とはあまりにもかけ離れていた。
 溢れ出た言葉の原因の一端は自分にあることが分かっている。
そして今溢れ出ている涙は、日頃誰に弱音を吐くわけでもなく、常に淡々と仕事をこなしている男の、ささやかな甘えでもある、のだと思う。
──アルコールに頼らなければ甘えきれないのは正直どうかとも思うけれど。
 弱々しく白い頬を濡らしている涙を拭ってやると、ごめんねと呟いてまた涙を零した。
「……みやじ」
「もう、本当に寝るぞ。捕まれ、ベッドまで連れて行くから」
「……やだ。キスして」
 今度は何を言い出したんだと顔を見ると、涙でぐしゃぐしゃになっている顔を不貞腐れさせて、口をへの字に曲げている。
この短時間に泣いたり笑ったり拗ねたり──アルコールに胸の内を暴かれる恐ろしさを改めて痛感する。
 ん、と差し出された唇。
本音を言えばすぐにでも口付けて、どろどろと甘い夜に溶け込んでしまいたかったけれど、何しろ相手は正気でない。
これ以上心の弱い部分を、引き出されるのは可哀想で、その前に早く寝かせてやりたかった。
「部屋に行くぞ。立てるか」
「やだ。キスしてくれなきゃ立てない」
 ──何だそれは。
ふん、と鼻を鳴らしたルカスに溜息が出る。
このままここで、キスをするだのしないだのとやっているうちに眠られても困ると思い、キスしたら立てよ、と前置きをして頬に軽く唇を触れさせた。
「……口がいい」
「頼む。もう煽らないでくれ」
「やだ。ちゃんとちゅーして」
 ──この男はこんなにも我儘な子供のようだったか。
 理性を総動員して、アルコールで蕩けきった月に唆されそうな自分を必死で律した。
それなのに──その努力も虚しくルカスの方から唇を押し付けられた。
張り詰めて、張り詰めて、張り詰めていた理性が音を立てて崩れる。
 舌を捩じ込むと嬉しそうに腕を首元に回して、座ったままの姿勢で体を押し付けてきた。
「ん、んぅ……みやじ……すき、みやじ……」
「は……ッ、ルカス、好き、好きだ」
 ぐちゃぐちゃ絡まった舌はアルコール臭くてあまりいい気分ではなかった。
しかしうわ言のように愛の言葉を漏らしているルカスに、こちらまで酔っ払ったように思考が鈍る。
「ふ、ぁ……もっと、みや……じ、」
「ルカス……ルカス?」
 脱力して椅子から転げ落ちそうになるルカスを支えると、もっとと呟きながら既に寝息を立て始めていた。
だからさっきあれ程──と小言が百も二百も浮かぶ。
 掻き立てられるだけ掻き立てられて、結局行き場をなくした欲に涙が出そうだった。
もう二度と酔っ払いの相手はしないと心に誓う。
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