SS

 秋が深まって冬の足音も微かに聞こえ始めたある日、ルカスに散歩でもどうかと誘われてミヤジは森へ来ていた。
──大方仕事に忙殺されてキャパオーバー寸前なのだろう。
本人はそんな素振りは微塵も見せないけれど、ルカスがこうしてミヤジを散歩に誘う時はその多くが精神的にも肉体的にも限界が見えてきて、ひとつ気分転換を挟んで頭の中をリセットしたい時だった。
 無言のまま薄紅葉を眺めて歩く。
枯れ草を踏みしめる音は色のない風と合わさってセンチメンタルを誘う。
何度季節が巡っても、何千年と同じような時を過ごしてきても、美しい景色を眺めて得られる魂の内側から湧き上がるような高揚は尽きることを知らない。
「ね、ミヤジ見て」
 見て、と言われて指さされた方に目を向けると小さな二羽の鳥がチッ、チッ、と甲高い声で鳴きながら縺れ合うように飛び交っている。
求愛のダンスを踊っているのだろうか。
彩やかなクロムオレンジの腹が秋の森によく映えて熟した果実のようにも見える。
「──あれ、二羽とも男の子だね」
 言われてもう一度しっかりと鳥に目をやる。
飛び交う二羽の鳥はどちらも同じ見た目をしている。
けれど記憶が正しければあの鳥の雌は雄とは違い、胡桃色のような色をしているはずだった。
「本当だ──珍しいな」
 木々の影にでも隠れているのかもしれないと思い辺りをざっと見回してみるが、目に映る範囲に雌鳥の姿は確認できなかった。
 それとも──それともあの二羽の鳥はまさか本当に互いに対して求愛行動を行っているのだろうか。
チッ、チッ、と声を上げ飛び交う二羽の鳥はその心情こそ分かりはしないが、一見すると仲睦まじくも見える。
「ふふ、何だか私と君みたい」
 何を──と思いルカスを見ると慈愛に満ちたような顔をしてじっと鳥を見つめる。
けれど慈愛そのもののような微笑みの奥にどうしようもなく滲むエレジー。
この男は一体何を考えて、何を想って、今この時を過ごしているのだろうか。
「……帰ろう。帰って、休んだ方がいい」
「あの、やたらとくっついて飛びたがっている方が私で、逃げ腰なのがミヤジかな」
「ルカス」
 窘めるように名前を呼ぶとごめんと一言謝って自嘲気味に笑う。
秋の冷たい風がルカスにこんな顔をさせているのかもしれない。
釣られるように胸の奥に物悲しさが吹き抜ける。
遠くなった空はどうしてこうも日頃しまい込んで、記憶の片隅にも残らないような微かなささくれをほじくり返すのだろうか。
 やがて二羽の鳥は絡み合うようにして飛び立つ。
あの鳥達がこれからどうやって生きていくのか、二羽で支え合っていくのか、それともそれぞれ別の場所で生きることになるのか、その行末を知る由もない。
 けれどミヤジはあの二羽が共に生きてくれたらいいなと思って見送った。
自分達に似ていると言って、秋の風に巻かれてそのままどこか遠く、誰も知らない月白の世界へと消えてしまいそうなルカスも少しは救われるのではと考えたからだ。
「もう帰ろう。風も冷たくなってきた。このままここにいては体調を崩しかねない」
「──うん、そうだね。帰ろうか」
 二人で歩き出す。
足元で靴に踏み抜かれてさく、と枯葉の割れた音がする。
 嗚呼、確かに似ている。
先程飛び立った鳥もこんな気持ちだったのかもしれない。
胸の内に誰とも理解しようがない侘しさを抱えたまま、生きていくのだ。共に。
いつ命が尽きる日が来るかは分からない。
それは今日かもしれない。明日かもしれない。
けれどその日まで傷をつけ合い、舐め合いながらそれでも繋いだ手は離さずに。
ただ、──ただ生きていく。
 そのささやかな覚悟を積み重ねた先に見える景色を、時に人は幸福と呼ぶのかもしれない。
19/21ページ
スキ