SS
天使の襲撃があった。長閑な昼下がりの出来事だった。屋敷に居た執事達は、エスポワールの街の方から鳴り響く警報を聞き、皆直ぐに駆けつけた。現れた天使は三体。三体とも、手こずるほど強い個体ではなかった。油断をしなければなんら問題はない。その場で武器を構えた執事達は、殆ど確信に近い形で頷きあう。街へも、人へも、被害は最小限に食い止める。そう誓って。
……しかし、死者が出た。それも、たった一人。執事達が天使と戦い、逃げ惑う市民を避難誘導しているさ中での事だった。建物の崩落。天使の攻撃が、僅かに掠っていたらしい。五名がその崩落で傷を負ったが、命に別状はなかった。ただ、一人の青年が亡くなった。瓦礫の下から救い出した時、まだ青年には息があった。けれど、応急処置を施している最中に、青年の心臓は脈打つ事を静かに手放した。──青年はほんの数日前に、幼馴染と結婚したばかりだったそうだ。
◇
「……お疲れ」
「ああ……」
街から帰ってきたルカスは、治療室に籠っていた。偶然玄関先で会ったミヤジが、おかえりと声を掛けても、ルカスがしたのはろくな返事ではなかった。普段の彼であれば、にこやかに距離を詰め、天使に関しての報告をしていただろう。けれどこの時のルカスは、笑顔を浮かべることもなく、会釈のように一つだけ頷いて、早々と立ち去って行った。
──何かあったのだ。それも、良くない事が。
あのルカスが、取り繕う余裕をなくすほどの何かがあった。その事が去っていく彼の、縮こまった背中から、痛いほど伝わってくる。何があったのかと、一緒に帰ってきたベリアンに話を聞こうと、ミヤジがベリアンに目を向けると、ベリアンは眉を顰めて俯いた。今は聞かないでほしい。揺れる瞳が、そう告げていた。ミヤジがベリアンから、亡くなった青年の存在を教えられたのは、夕食後のことだった。心根の優しいベリアンのことだ。遺すことになった者を想い、遺された者を想い、涙を流したのだろう。慎重に言葉を選びながら話すベリアンは、瞼が腫れぼったく赤らんでいる。
「……大変だったね」
「いえ。私は何も……。処置はずっと、ルカスさんが行っていましたから。ただ、……先日結婚したばかりの方だったそうです。……お相手の方も、かなりのショックを受けていて……」
「そうか。……ベリアンも疲れただろう。……今日は早く休んだ方がいいよ」
「ありがとうございます。ミヤジさん」
ミヤジが立ち上がると、ベリアンも続いて席を立った。話している最中、ベリアンの声が震えていたことが気掛かりだったミヤジは、背中を温めるように手のひらを添える。ベリアンをはじめ、悪魔執事として生きている以上、この屋敷に住む全員にとって、今日のような出来事は決して珍しいことではない。仲間も、護るべき人々も、夜空の星すら霞むほど喪ってきた。だからと言って、命は軽くならない。仕方の無いことだと、完全に割り切ってしまうこともできない。あの時、あと一秒早く動き出せていたら──。居合わせた執事全員が、そう思ったことだろう。ミヤジは背中に添えた手のひらに、熱を鼓動に伝えるように力を込めた。
「……ゆっくり休んで。ベリアン」
「ありがとうございます。ミヤジさんも、無理はなさらないでくださいね」
食堂を出てベリアンと別れた後、ミヤジはその足で三階を目指した。夕食の時間に顔を出さなかった彼は、きっとまだ一人で治療室に籠っている。分かろうとしなくとも、分かってしまう。昔から命を掬い上げきれなかった時、ルカスはいつもそうしていたからだ。消毒液と薬品の匂いが充満した室内で、一人掴めなかった命と向き合い続けている。おそらく、今この瞬間も。
……部屋の扉を叩くが返事はない。ミヤジは見当違いだったかと思い、確認の為に薄く扉を開けた。室内は蝋燭一つ灯されておらず、密閉された闇が漏れ出してくる。物音一つしない。自室に戻っているのだろうかと、ミヤジは足を踏み入れ差し覗く。顔をめぐらせるが、月のないこの夜は、室内に光の一筋さえも入れはしなかった。自らの呼吸音が鼓膜に直接触れる。目当てとしていた人物はいない。踵を返そうと足を引いたその刹那。ミヤジの呼吸音とは、一つずれた音が聞こえた。
「……ルカス?」
真暗闇の中、ミヤジは手探りでポケットを漁り燐寸を取り出した。指先の感覚だけを頼りに燐寸を擦る。独特な硫黄の匂いが室内に漂う。手元の輪郭を縁取る灯りを、音の聞こえた方へ手を向ける。この時のミヤジに恐怖心と呼ばれるような、内臓が息を潜めるような気持ちはなかった。しかし、探るように火を向けながら、いませんようにと願った。心をひどく疲れさせたであろう彼が、今は自室の柔らかなベッドの中で、穏やかな夢の世界に浸っていると信じたかったからだ。
……微かながら人の後頭部の丸みを持った影が、滲むように浮かんだ。ミヤジは燐寸の火を手で扇ぎ消してから、影の方へと足を向ける。浮かんだ影よりも濃い闇は、二人の距離を曖昧にした。
「そこで何をしているんだ。ルカス」
「いやぁ……。……別に何も」
「……灯り、点けるぞ」
ルカスの声は普段と変わりなかった。言葉尻に自嘲ぽい吐息が紛れていたが、過度に落ち込んでいるようでも、悲しんでいるようでもなかった。それどころか、愉しむように弾んで聞こえた。その外れた調子が、ミヤジの胸奥の血流をわずかに濁らせる。室内を覆う闇が、まるでルカスそのものに見えた。
ルカスの返事を待たずに、ミヤジは再びポケットから燐寸を取り出して火を灯す。先程よりも手馴れた指先で。燐寸を持つのとは反対の手で、ぶつかるものがないか確かめながら慎重に足を踏み出す。爪先が、おそらく器械台に触れた。倒してしまわないように足をずらすと、今度は何か紙のような物を踏んづけた。ミヤジはいつもの調子で、「もう少し整理整頓を……」と言葉が零れかける。しかし、これ以上暗闇の中で何かに触れ、壊してしまうことが恐ろしく、先ずは室内に道標を作ることを優先した。
ミヤジは何度も足元を、手先をたしかめながら歩き、漸く室内の燭台に置かれた蝋燭に火を移す。燭台を中心に、薄明かりが丸く広がり、飲み込まれていた室内の全貌を照らし出した。ルカスは椅子に腰掛けていた。背中を丸くしながら机の上に肘をついて、己の手のひらを凝視している。ミヤジは、ルカスが今何を考えているのか、想像がつかなかった。けれど手のひらを見つめている理由。それだけはふしぎと理解できた。ミヤジ自身、医者として働いていた頃に、同じように見つめたことがあるのだ。生の残滓を。
「……ベリアンから聞いた」
「そうかい」
やはりルカスの語調は、重い室内の空気に不釣り合いな程軽い。表情も、ミヤジの想像していたものより、ずっと柔らかかった。これは追い出そうとしているなと、ミヤジはすぐに察しがついた。ルカスの思惑には気が付かないふりをして、ミヤジは先程踏んだ紙片を拾い上げた。紙片には、いくつかの薬品名や薬草名と、調合した際に見込める効果などが殴り書きしてある。ミヤジにとっては、よく見慣れた簡略化されすぎた文字。しかしルカスを知らない人間が見たならば、この紙片を迷わず屑籠に放り込んだことだろう。ミヤジは黙って机の端に紙片を置く。その事でルカスの視線が動くことはなかった。
「……慰めなら、いらないよ」
「別に……お前を慰めてやるつもりで来たわけじゃない。……お前、夕飯を食べに来なかっただろう。ロノくんが気にしていた」
「……そう。……悪いことしちゃったな」
ルカスが食事の時間に現れないことは、決して珍しいことではない。仕事に、研究に、没頭しすぎて食べ損ねたと、しばしば一人で軽食を取っていた。調理係のロノもその事は重々承知している。そのうえでロノがルカスを気に留めたのは、ロノも街へ行った執事のうちの一人だったからだろう。
ルカスは相変わらず手のひらに目を向けたまま、噛み締めるように「そっか」と何度か呟いた。それから、時間をかけてゆっくりと、肺の中が空になるほど長く息を吐き出した。一連の様子をミヤジは黙って見ていた。元よりミヤジは、決して言葉数が多くはない。頭と口のよく回るルカスに対しては、特に言葉が慎重になる。結果ミヤジは、ルカスの呼吸に合わせるように、細く息を吐き出すことしかできなかった。そうする事になんの意味もないと、ミヤジは自分に呆れたが、ルカスの口元はかすかに緩んだように見えた。
「……あのさ、ミヤジ」
「なんだ」
「……なぜ、……この腕は二本しかないんだろう」
「……」
ルカスの表情は変わらなかった。広げた左手の皺を、右手の指先がなぞる。その光景は、自らの手を慈しむようでも、労るようでも、嘆くようでもあり、ミヤジにはひどく痛々しく映った。ミヤジは一瞬目を逸らして、やはり逸らすべきではないと再びルカスへ目を向けた。蝋燭の薄灯りに縁取られた輪郭が、影を帯びて昏い。けれどその昏さまでもが、ある種の神々しさを含んでいる。
──言葉をかける隙もない。
ミヤジが口を結んだままでいると、ルカスは笑うように短く息を吐いた。まるで、質問をした自身を嘲るように。風もないのに、蝋燭の火が揺れた。ミヤジは、咄嗟にルカスの左手を掴んだ。思わず掴んだ手は、生気を感じさせないほど青白く冷えていた。陶器のように滑らかな指先。清められた手のひら。指の骨が軋むほど、ミヤジはルカスの手を強く、強く握りしめた。
「……これで、四本だ」
言い終えて、なんて子供じみた事を言っているのだろうと、ミヤジは握った手の力を緩めた。手だけを映していたルカスの双眸が、ミヤジを捉える。丸く見開かれた目は、無防備で幼かった。
「……っはは」
ルカスの持ち上げられた口の端から、乾いた声が漏れ出した。遅れて、目が弧を描いていく。
「……ありがとう。ミヤジ」
……しかし、死者が出た。それも、たった一人。執事達が天使と戦い、逃げ惑う市民を避難誘導しているさ中での事だった。建物の崩落。天使の攻撃が、僅かに掠っていたらしい。五名がその崩落で傷を負ったが、命に別状はなかった。ただ、一人の青年が亡くなった。瓦礫の下から救い出した時、まだ青年には息があった。けれど、応急処置を施している最中に、青年の心臓は脈打つ事を静かに手放した。──青年はほんの数日前に、幼馴染と結婚したばかりだったそうだ。
◇
「……お疲れ」
「ああ……」
街から帰ってきたルカスは、治療室に籠っていた。偶然玄関先で会ったミヤジが、おかえりと声を掛けても、ルカスがしたのはろくな返事ではなかった。普段の彼であれば、にこやかに距離を詰め、天使に関しての報告をしていただろう。けれどこの時のルカスは、笑顔を浮かべることもなく、会釈のように一つだけ頷いて、早々と立ち去って行った。
──何かあったのだ。それも、良くない事が。
あのルカスが、取り繕う余裕をなくすほどの何かがあった。その事が去っていく彼の、縮こまった背中から、痛いほど伝わってくる。何があったのかと、一緒に帰ってきたベリアンに話を聞こうと、ミヤジがベリアンに目を向けると、ベリアンは眉を顰めて俯いた。今は聞かないでほしい。揺れる瞳が、そう告げていた。ミヤジがベリアンから、亡くなった青年の存在を教えられたのは、夕食後のことだった。心根の優しいベリアンのことだ。遺すことになった者を想い、遺された者を想い、涙を流したのだろう。慎重に言葉を選びながら話すベリアンは、瞼が腫れぼったく赤らんでいる。
「……大変だったね」
「いえ。私は何も……。処置はずっと、ルカスさんが行っていましたから。ただ、……先日結婚したばかりの方だったそうです。……お相手の方も、かなりのショックを受けていて……」
「そうか。……ベリアンも疲れただろう。……今日は早く休んだ方がいいよ」
「ありがとうございます。ミヤジさん」
ミヤジが立ち上がると、ベリアンも続いて席を立った。話している最中、ベリアンの声が震えていたことが気掛かりだったミヤジは、背中を温めるように手のひらを添える。ベリアンをはじめ、悪魔執事として生きている以上、この屋敷に住む全員にとって、今日のような出来事は決して珍しいことではない。仲間も、護るべき人々も、夜空の星すら霞むほど喪ってきた。だからと言って、命は軽くならない。仕方の無いことだと、完全に割り切ってしまうこともできない。あの時、あと一秒早く動き出せていたら──。居合わせた執事全員が、そう思ったことだろう。ミヤジは背中に添えた手のひらに、熱を鼓動に伝えるように力を込めた。
「……ゆっくり休んで。ベリアン」
「ありがとうございます。ミヤジさんも、無理はなさらないでくださいね」
食堂を出てベリアンと別れた後、ミヤジはその足で三階を目指した。夕食の時間に顔を出さなかった彼は、きっとまだ一人で治療室に籠っている。分かろうとしなくとも、分かってしまう。昔から命を掬い上げきれなかった時、ルカスはいつもそうしていたからだ。消毒液と薬品の匂いが充満した室内で、一人掴めなかった命と向き合い続けている。おそらく、今この瞬間も。
……部屋の扉を叩くが返事はない。ミヤジは見当違いだったかと思い、確認の為に薄く扉を開けた。室内は蝋燭一つ灯されておらず、密閉された闇が漏れ出してくる。物音一つしない。自室に戻っているのだろうかと、ミヤジは足を踏み入れ差し覗く。顔をめぐらせるが、月のないこの夜は、室内に光の一筋さえも入れはしなかった。自らの呼吸音が鼓膜に直接触れる。目当てとしていた人物はいない。踵を返そうと足を引いたその刹那。ミヤジの呼吸音とは、一つずれた音が聞こえた。
「……ルカス?」
真暗闇の中、ミヤジは手探りでポケットを漁り燐寸を取り出した。指先の感覚だけを頼りに燐寸を擦る。独特な硫黄の匂いが室内に漂う。手元の輪郭を縁取る灯りを、音の聞こえた方へ手を向ける。この時のミヤジに恐怖心と呼ばれるような、内臓が息を潜めるような気持ちはなかった。しかし、探るように火を向けながら、いませんようにと願った。心をひどく疲れさせたであろう彼が、今は自室の柔らかなベッドの中で、穏やかな夢の世界に浸っていると信じたかったからだ。
……微かながら人の後頭部の丸みを持った影が、滲むように浮かんだ。ミヤジは燐寸の火を手で扇ぎ消してから、影の方へと足を向ける。浮かんだ影よりも濃い闇は、二人の距離を曖昧にした。
「そこで何をしているんだ。ルカス」
「いやぁ……。……別に何も」
「……灯り、点けるぞ」
ルカスの声は普段と変わりなかった。言葉尻に自嘲ぽい吐息が紛れていたが、過度に落ち込んでいるようでも、悲しんでいるようでもなかった。それどころか、愉しむように弾んで聞こえた。その外れた調子が、ミヤジの胸奥の血流をわずかに濁らせる。室内を覆う闇が、まるでルカスそのものに見えた。
ルカスの返事を待たずに、ミヤジは再びポケットから燐寸を取り出して火を灯す。先程よりも手馴れた指先で。燐寸を持つのとは反対の手で、ぶつかるものがないか確かめながら慎重に足を踏み出す。爪先が、おそらく器械台に触れた。倒してしまわないように足をずらすと、今度は何か紙のような物を踏んづけた。ミヤジはいつもの調子で、「もう少し整理整頓を……」と言葉が零れかける。しかし、これ以上暗闇の中で何かに触れ、壊してしまうことが恐ろしく、先ずは室内に道標を作ることを優先した。
ミヤジは何度も足元を、手先をたしかめながら歩き、漸く室内の燭台に置かれた蝋燭に火を移す。燭台を中心に、薄明かりが丸く広がり、飲み込まれていた室内の全貌を照らし出した。ルカスは椅子に腰掛けていた。背中を丸くしながら机の上に肘をついて、己の手のひらを凝視している。ミヤジは、ルカスが今何を考えているのか、想像がつかなかった。けれど手のひらを見つめている理由。それだけはふしぎと理解できた。ミヤジ自身、医者として働いていた頃に、同じように見つめたことがあるのだ。生の残滓を。
「……ベリアンから聞いた」
「そうかい」
やはりルカスの語調は、重い室内の空気に不釣り合いな程軽い。表情も、ミヤジの想像していたものより、ずっと柔らかかった。これは追い出そうとしているなと、ミヤジはすぐに察しがついた。ルカスの思惑には気が付かないふりをして、ミヤジは先程踏んだ紙片を拾い上げた。紙片には、いくつかの薬品名や薬草名と、調合した際に見込める効果などが殴り書きしてある。ミヤジにとっては、よく見慣れた簡略化されすぎた文字。しかしルカスを知らない人間が見たならば、この紙片を迷わず屑籠に放り込んだことだろう。ミヤジは黙って机の端に紙片を置く。その事でルカスの視線が動くことはなかった。
「……慰めなら、いらないよ」
「別に……お前を慰めてやるつもりで来たわけじゃない。……お前、夕飯を食べに来なかっただろう。ロノくんが気にしていた」
「……そう。……悪いことしちゃったな」
ルカスが食事の時間に現れないことは、決して珍しいことではない。仕事に、研究に、没頭しすぎて食べ損ねたと、しばしば一人で軽食を取っていた。調理係のロノもその事は重々承知している。そのうえでロノがルカスを気に留めたのは、ロノも街へ行った執事のうちの一人だったからだろう。
ルカスは相変わらず手のひらに目を向けたまま、噛み締めるように「そっか」と何度か呟いた。それから、時間をかけてゆっくりと、肺の中が空になるほど長く息を吐き出した。一連の様子をミヤジは黙って見ていた。元よりミヤジは、決して言葉数が多くはない。頭と口のよく回るルカスに対しては、特に言葉が慎重になる。結果ミヤジは、ルカスの呼吸に合わせるように、細く息を吐き出すことしかできなかった。そうする事になんの意味もないと、ミヤジは自分に呆れたが、ルカスの口元はかすかに緩んだように見えた。
「……あのさ、ミヤジ」
「なんだ」
「……なぜ、……この腕は二本しかないんだろう」
「……」
ルカスの表情は変わらなかった。広げた左手の皺を、右手の指先がなぞる。その光景は、自らの手を慈しむようでも、労るようでも、嘆くようでもあり、ミヤジにはひどく痛々しく映った。ミヤジは一瞬目を逸らして、やはり逸らすべきではないと再びルカスへ目を向けた。蝋燭の薄灯りに縁取られた輪郭が、影を帯びて昏い。けれどその昏さまでもが、ある種の神々しさを含んでいる。
──言葉をかける隙もない。
ミヤジが口を結んだままでいると、ルカスは笑うように短く息を吐いた。まるで、質問をした自身を嘲るように。風もないのに、蝋燭の火が揺れた。ミヤジは、咄嗟にルカスの左手を掴んだ。思わず掴んだ手は、生気を感じさせないほど青白く冷えていた。陶器のように滑らかな指先。清められた手のひら。指の骨が軋むほど、ミヤジはルカスの手を強く、強く握りしめた。
「……これで、四本だ」
言い終えて、なんて子供じみた事を言っているのだろうと、ミヤジは握った手の力を緩めた。手だけを映していたルカスの双眸が、ミヤジを捉える。丸く見開かれた目は、無防備で幼かった。
「……っはは」
ルカスの持ち上げられた口の端から、乾いた声が漏れ出した。遅れて、目が弧を描いていく。
「……ありがとう。ミヤジ」
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