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 近頃ルカスが少しおかしい。
先日フルーレに教わって作ってみたとミヤジのぬいぐるみを見せてきた時は、またおかしな事をしていると思った。
けれど所詮はぬいぐるみ。
せいぜい部屋にでも飾る程度のことだろうと思っていた。
しかし──
「いただきます。美味しそうだね、ミヤジ」
「ミヤジ、今日は天気がいいから湖に散歩でも行こうか」
「薬の調合をするからね。少し待っていて、ミヤジ」
「今日の会議について、ミヤジはどう思う?」
 こんな調子で風呂場以外、それこそ四六時中そのぬいぐるみを連れ回している。
常にルカスのポケットから顔を出している姿は、何だか誇らしげに笑っているようにも見えた。
 屋敷内では何か怪しい黒魔術のようなことをしているのではとか、働きすぎていよいよおかしくなってしまったのではとか、心配の色が強かった。
けれどルカス本人は心配した執事に声をかけられても
「かわいいだろう?これね、ミヤジ」
 と笑って特別気にしていない様子だった。
 確かにぬいぐるみには一定の癒し効果があると思う。
柔らかな肌触り。移った温もり。蓄積していく香り。
そして何よりも同じ時間を過ごしていくことでまるで命が宿っているように、変わることがないはずの表情の中に喜怒哀楽が見えてくる。
喋ることはない存在との成り立たないはずの会話が成り立つ。
これまでも子供達が人形やぬいぐるみを人間の友人のように扱う姿を何度も見てきた。
 幼い子供ではなく二千年以上も生きている、大人の男がぬいぐるみを連れ歩いている姿はなかなかに異様だったけれど、本人が満足しているのであればとミヤジは強く咎めることをしなかった。
 しかし自分を模したぬいぐるみを連れ歩かれているというのは大分恥ずかしい。
「なあ、ルカス……」
「うん?どうしたのミヤジ。そんなに思い詰めた顔をして……何かあった?」
「いや、──いつまで続くんだ?それは」
 それ、と言ってルカスが手に持つぬいぐるみを指さした。
ルカスはなるほどと笑ってぬいぐるみを撫でる。
「自分で作ったからかな。なんだか愛着が湧いてしまって……嫌だった?」
「嫌という程ではないが、……恥ずかしくはある」
「そう。ミヤジは照れ屋だね。ね、ミヤジ」
 呼びかけて、手元のぬいぐるみにキスをする。
口付けられたぬいぐるみは俺の方がお前よりも上なんだぞと主張しているようだった。
それがどうにもおもしろくなくて、思わずルカスの腕を掴む。
一瞬驚いたように目を見開いて、それから少し困ったように眉尻を下げた。
「えっと、どうしたの?腕、痛いんだけど」
 何も言えずに押し黙っているとルカスが小さく分かった、と呟く。
「これは憶測でしかないけど、もしかしてミヤジ──嫉妬している?」
「してない」
「ふふ、本当に?」
「……するわけないだろう、ぬいぐるみ相手に」
「……うん。そうだよね。するわけないよね、ぬいぐるみ相手に」
 にたにた笑う顔が腹立たしい。
咄嗟にとった行動に、自分で自分がいたたまれなくなって、掴んでいた手を離す。
もう行くと言おうとして、口を開いたところで今度はルカスに手を引かれる。
何を、と思っていると軽いリップ音がして頬に押し付けられた柔らかい感触。
「ふふ、ごめんね?最近君と過ごせる時間があまりなかったものだから……」
 寂しかったのかもなんて悪戯ぽく上がる口角は全部お見通しだとでも言いたげだった。
いつだってこうだ。完全に見透かされている。
「……私がいるだろう。……ぬいぐるみじゃなく」
「うん。そうだね。今度から、ミヤジに声をかけるよ。ぬいぐるみじゃなく」
 翌日、朝食の時間がルカスと被った。
隣の席に座るとポケットから取り出したぬいぐるみを自らの足の上に座らせる。
「……おい」
「いただきます。ふふふ、美味しそうだね。ミヤジ」
 もう一度名前を呼んで、ぬいぐるみを撫でた手で同じように頬を撫でてくる。
そういうことではないんだけれど──と思ったが、やたらと機嫌がいいものだからもうこれでいいかと諦めることにした。
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