SS
炬燵は人間から、極限まで活動する気力を奪う。
炬燵テーブルの内側の熱を、象牙色の柔らかな毛布が閉じ込めて、冷えた足の先まで温まる。
一度入ったらなかなか出られない。
いや、出たくないといった方が正しいかもしれない。
本当は全身潜り込んで、ぬくぬくと温もりたいようだけれど、成長しすぎた体ではなかなか厳しい。
炬燵に足を突っ込んだまま、上半身を撫でさすっている姿を見かねたルカスが、半纏を買ってきた。
黒地に羊柄の半纏を。お揃いで。
なぜ羊柄なのかを問うと、ミヤジに似ていたから、とマフラーを巻いて渋い顔をしている羊を指差した。
この半纏がまた何とも着心地が良く、必死に上半身を温める必要もなくなった。
これを着なければ、家の中もまともに歩けないほど。
半纏を着込んで、炬燵に入っていると、テレビの正月特番の騒がしさも重なって眠くなってきた。
座ったまま目を閉じる。
幸せというものを温度に例えたら、きっとこんな感じだろうな、と欠伸を噛み殺した。
「ねぇ、ダーリン」
不意に声が聞こえて瞼を持ち上げる。
声の主の姿は見えない。
それもそのはず。声の主──ルカスは自分の向かい側の席で、寝転がっているのだから。
ぶつからないように互いの足を避けて座っていたというのに、ルカスの足先が膝の横を撫でていく。
不意をつかれた感触に、思わず肩が震えた。
その一瞬はルカスからは見えていないのに、咳払いをして誤魔化した。
「……なんだ?」
「リモコンとってよ、ダーリン」
ダーリン、なんて甘い言葉を付け加えておけば、なんとかなるとでも思っているのだろか。
それに先程ルカスが、リモコンを持ったままスマホを取りに、キッチンの方へ行ったのを見た。
あらかた、スマホを持ってリモコンを置いてきたのだろう。
「……さっき自分で持って行ったんだろう。自分で取りに行ってくれ、ダーリン」
「えぇ……。寒いよ」
「私も寒いんだよ……」
ルカスが上体を起こす。
寝転がっていたために髪は乱れていて、毛量の多い動物のようになっていた。
口が乾いていたのか、テーブルの上のマグカップに入ったココアを飲みながら、こちらの様子を伺っている。
そんなに様子を伺われても、この温かさから離れたくないと思い、気が付かないふりをして視線をテレビ画面に向けた。
内容はまったく入ってこないけれど。
「……本当にダメ?愛するミヤジ」
「何を言ってもダメだ。それにお前の方が近いだろう。私の愛しいルカス」
「ミヤジ……」
横目で見ると、不貞腐れたように唇を尖らせている。
庇護欲、というわけでもないけれど、ルカスの仕草があまりにも幼くて、つい立ち上がるために手をついた。
どうにもルカスに甘くしすぎている気がする。
今回だけだと念を押すけれど、ありがとうと笑っていて、耳に届いてなさそうだった。
小言の一つでも口をつきそうになったけれど、ルカスの横を通る時、先程まで拗ねて尖っていた唇に、自身の唇を重ねた。
キッチンには届く暖房の熱が少し薄くなる。
スリッパを履いていても、炬燵付近とは床の温度が違うのが分かるほど。
けれどその中で、先程一瞬だけ触れたルカスの唇の熱が、脈打つように温かかった。
「取りに行くのは、今回だけだからな」
「……わかってるよ。ありがとう」
薄ら寒いキッチンから、かすかに冷たくなったリモコンを持って戻ってくると、ルカスは再び寝転がっていた。
首元まで潜り込んでいるものだから、先程まで自分が座っていた場所の毛布が揺れている。
「ほら。取ってきたぞ」
「ありがとう。……ね、ミヤジ。こっち座って」
こっち、と自分の隣、テレビ正面の席を指定する。
リモコンを受け取ると、ルカスは寝転がったまま操作して、テレビを消した。
騒がしさが途切れて、訪れた静けさ。
電化製品の動作音。
それから服と炬燵布団が擦れる音。
日頃忙しなく生きていると、聴き逃している音ばかり。
けれど確かに日常にある音。
それらに耳を澄ましていると、時の流れる速度が遅くなり始めた。
断らせるつもりは最初からないんだろう、と座ろうとしたが、ルカスの足があるせいで、炬燵の中に足が入れられない。
暖房もつけているとはいえ、炬燵に入って温まりたい。
「足、もう少し向こうにやってくれ」
「おっと。ごめん」
上半身をこちらに寄せて、ルカスの足が炬燵の奥へと移動していく。
散々温まっているからか、頬に薄く血が滲むように色付いていた。
漸く足を伸ばすと、座っているすぐ隣に顔を寄せていたルカスが、下から見あげてくる。
顔にかかった細い髪をどかしながら、頭を撫でると、ぬくもりが冷えた指に絡みつく。
「ふふ。キッチンは寒かった?」
「ああ。お陰様でな」
手を温めようと炬燵に手を差し込む。
滑らかな炬燵布団に手を纏わせているだけで、眠気がやってきそうだった。
折角の休日だし、たまにはこうしてのんびり過ごすのもいいな、と思っていると足先に違和感。
ルカスの足にぶつかってしまったのかと思い、足をずらすと、追いかけてきて絡め取られた。
足先が甲をなぞる。
唇の熱は意識しないように、キッチンへ置いてきたというのに。
炬燵に入りっぱなしの足はかすかに汗をかいているのかしっとりしている。
爪を立てるようにしながら、何度も何度もなぞられて、咎めるようにルカスを見ると、どうかしたか、とでも言いたげに笑っていた。
そういえば、と先程不意に膝横を撫でられて、驚かされたことを思い出す。
リモコンも取りに行ってきたのだ。
多少の仕返しは許されるだろう。
自分の中だけで納得をして、手をずらすとすぐにルカスの体に触れた。
半纏を着ているせいか、炬燵の熱のせいか、それとも自分の手が冷えたせいか。
随分と熱を纏って感じる。
服の裾を探し当てて、手を潜り込ませる。
冷えた指先から熱を受けて得た痺れが、腕をよじ登って脊椎まで届いた。
掌を這わせると大袈裟なくらい、逃げるように体が震えた。
「あっ!ちょっと、手、冷たい」
「リモコンを取りに行ってきたからな」
「……悪かったよ」
線の細い腹回りに触れていると、また痩せたのではないか、と口に出したくなる。
脇腹の輪郭を確かめたり、指先で臍を弄んでいると、太腿に手が添え置かれた。
服の布越しでも熱が侵食してくる感覚があり、意識が向いてしまう。
時折、薄く爪の先端が頼りなく触れて、もどかしさを生んだ。
「……っ、もう、あたたまった?」
「……いや。まだ」
「絶対、嘘……っ」
身を捩りながらも、足を擦り付けてくる。
元はと言えばルカスが仕掛けてきたことだろう。
そう言ってやりたくなったけれど、野暮な気がして口には出さなかった。
言葉では難色を示しながらも、ルカスは抵抗する素振りを見せることもなく、子猫のような吐息を喉奥から漏らす。
指先は疾うに温まっていた。
もちろん、素肌を触れられているルカスも、それを分かっているはずだ。
それでも僅かに腰を浮かせて、撫で付けている掌に、腹を押し付ける形になっていることを、本人は気付いているのだろうか。
「み、ミヤジ、あつい」
「炬燵消すか?」
「お腹が冷えてしまう」
洗いたての布のような、純真な香りの隙間から、飢えた獣の瞳がこちらを覗いている。
熱を孕んだ芳香に鼻腔の奥が疼いた。
電化製品の動作音は、いつの間にかすっかり気にならなくなってしまった。
鼓膜に届くのは布が擦れる音と、不規則な呼吸音。
太腿に縋りついていたルカスを引き剥がして、覆い被さるように唇を奪う。
理性の芯まで焼き溶かす、どろりと甘い蜜の澱。
互いの境界線は、すぐに消え失せた。
水音の湿っぽい振動が耳管を揺らす。
「……っは、喉、乾いた」
「……何か飲むか」
垂れ落ちそうな潤んだ蜂蜜。
巻き付けられて、逃れられない足先。
「とってきて。ダーリン」
炬燵テーブルの内側の熱を、象牙色の柔らかな毛布が閉じ込めて、冷えた足の先まで温まる。
一度入ったらなかなか出られない。
いや、出たくないといった方が正しいかもしれない。
本当は全身潜り込んで、ぬくぬくと温もりたいようだけれど、成長しすぎた体ではなかなか厳しい。
炬燵に足を突っ込んだまま、上半身を撫でさすっている姿を見かねたルカスが、半纏を買ってきた。
黒地に羊柄の半纏を。お揃いで。
なぜ羊柄なのかを問うと、ミヤジに似ていたから、とマフラーを巻いて渋い顔をしている羊を指差した。
この半纏がまた何とも着心地が良く、必死に上半身を温める必要もなくなった。
これを着なければ、家の中もまともに歩けないほど。
半纏を着込んで、炬燵に入っていると、テレビの正月特番の騒がしさも重なって眠くなってきた。
座ったまま目を閉じる。
幸せというものを温度に例えたら、きっとこんな感じだろうな、と欠伸を噛み殺した。
「ねぇ、ダーリン」
不意に声が聞こえて瞼を持ち上げる。
声の主の姿は見えない。
それもそのはず。声の主──ルカスは自分の向かい側の席で、寝転がっているのだから。
ぶつからないように互いの足を避けて座っていたというのに、ルカスの足先が膝の横を撫でていく。
不意をつかれた感触に、思わず肩が震えた。
その一瞬はルカスからは見えていないのに、咳払いをして誤魔化した。
「……なんだ?」
「リモコンとってよ、ダーリン」
ダーリン、なんて甘い言葉を付け加えておけば、なんとかなるとでも思っているのだろか。
それに先程ルカスが、リモコンを持ったままスマホを取りに、キッチンの方へ行ったのを見た。
あらかた、スマホを持ってリモコンを置いてきたのだろう。
「……さっき自分で持って行ったんだろう。自分で取りに行ってくれ、ダーリン」
「えぇ……。寒いよ」
「私も寒いんだよ……」
ルカスが上体を起こす。
寝転がっていたために髪は乱れていて、毛量の多い動物のようになっていた。
口が乾いていたのか、テーブルの上のマグカップに入ったココアを飲みながら、こちらの様子を伺っている。
そんなに様子を伺われても、この温かさから離れたくないと思い、気が付かないふりをして視線をテレビ画面に向けた。
内容はまったく入ってこないけれど。
「……本当にダメ?愛するミヤジ」
「何を言ってもダメだ。それにお前の方が近いだろう。私の愛しいルカス」
「ミヤジ……」
横目で見ると、不貞腐れたように唇を尖らせている。
庇護欲、というわけでもないけれど、ルカスの仕草があまりにも幼くて、つい立ち上がるために手をついた。
どうにもルカスに甘くしすぎている気がする。
今回だけだと念を押すけれど、ありがとうと笑っていて、耳に届いてなさそうだった。
小言の一つでも口をつきそうになったけれど、ルカスの横を通る時、先程まで拗ねて尖っていた唇に、自身の唇を重ねた。
キッチンには届く暖房の熱が少し薄くなる。
スリッパを履いていても、炬燵付近とは床の温度が違うのが分かるほど。
けれどその中で、先程一瞬だけ触れたルカスの唇の熱が、脈打つように温かかった。
「取りに行くのは、今回だけだからな」
「……わかってるよ。ありがとう」
薄ら寒いキッチンから、かすかに冷たくなったリモコンを持って戻ってくると、ルカスは再び寝転がっていた。
首元まで潜り込んでいるものだから、先程まで自分が座っていた場所の毛布が揺れている。
「ほら。取ってきたぞ」
「ありがとう。……ね、ミヤジ。こっち座って」
こっち、と自分の隣、テレビ正面の席を指定する。
リモコンを受け取ると、ルカスは寝転がったまま操作して、テレビを消した。
騒がしさが途切れて、訪れた静けさ。
電化製品の動作音。
それから服と炬燵布団が擦れる音。
日頃忙しなく生きていると、聴き逃している音ばかり。
けれど確かに日常にある音。
それらに耳を澄ましていると、時の流れる速度が遅くなり始めた。
断らせるつもりは最初からないんだろう、と座ろうとしたが、ルカスの足があるせいで、炬燵の中に足が入れられない。
暖房もつけているとはいえ、炬燵に入って温まりたい。
「足、もう少し向こうにやってくれ」
「おっと。ごめん」
上半身をこちらに寄せて、ルカスの足が炬燵の奥へと移動していく。
散々温まっているからか、頬に薄く血が滲むように色付いていた。
漸く足を伸ばすと、座っているすぐ隣に顔を寄せていたルカスが、下から見あげてくる。
顔にかかった細い髪をどかしながら、頭を撫でると、ぬくもりが冷えた指に絡みつく。
「ふふ。キッチンは寒かった?」
「ああ。お陰様でな」
手を温めようと炬燵に手を差し込む。
滑らかな炬燵布団に手を纏わせているだけで、眠気がやってきそうだった。
折角の休日だし、たまにはこうしてのんびり過ごすのもいいな、と思っていると足先に違和感。
ルカスの足にぶつかってしまったのかと思い、足をずらすと、追いかけてきて絡め取られた。
足先が甲をなぞる。
唇の熱は意識しないように、キッチンへ置いてきたというのに。
炬燵に入りっぱなしの足はかすかに汗をかいているのかしっとりしている。
爪を立てるようにしながら、何度も何度もなぞられて、咎めるようにルカスを見ると、どうかしたか、とでも言いたげに笑っていた。
そういえば、と先程不意に膝横を撫でられて、驚かされたことを思い出す。
リモコンも取りに行ってきたのだ。
多少の仕返しは許されるだろう。
自分の中だけで納得をして、手をずらすとすぐにルカスの体に触れた。
半纏を着ているせいか、炬燵の熱のせいか、それとも自分の手が冷えたせいか。
随分と熱を纏って感じる。
服の裾を探し当てて、手を潜り込ませる。
冷えた指先から熱を受けて得た痺れが、腕をよじ登って脊椎まで届いた。
掌を這わせると大袈裟なくらい、逃げるように体が震えた。
「あっ!ちょっと、手、冷たい」
「リモコンを取りに行ってきたからな」
「……悪かったよ」
線の細い腹回りに触れていると、また痩せたのではないか、と口に出したくなる。
脇腹の輪郭を確かめたり、指先で臍を弄んでいると、太腿に手が添え置かれた。
服の布越しでも熱が侵食してくる感覚があり、意識が向いてしまう。
時折、薄く爪の先端が頼りなく触れて、もどかしさを生んだ。
「……っ、もう、あたたまった?」
「……いや。まだ」
「絶対、嘘……っ」
身を捩りながらも、足を擦り付けてくる。
元はと言えばルカスが仕掛けてきたことだろう。
そう言ってやりたくなったけれど、野暮な気がして口には出さなかった。
言葉では難色を示しながらも、ルカスは抵抗する素振りを見せることもなく、子猫のような吐息を喉奥から漏らす。
指先は疾うに温まっていた。
もちろん、素肌を触れられているルカスも、それを分かっているはずだ。
それでも僅かに腰を浮かせて、撫で付けている掌に、腹を押し付ける形になっていることを、本人は気付いているのだろうか。
「み、ミヤジ、あつい」
「炬燵消すか?」
「お腹が冷えてしまう」
洗いたての布のような、純真な香りの隙間から、飢えた獣の瞳がこちらを覗いている。
熱を孕んだ芳香に鼻腔の奥が疼いた。
電化製品の動作音は、いつの間にかすっかり気にならなくなってしまった。
鼓膜に届くのは布が擦れる音と、不規則な呼吸音。
太腿に縋りついていたルカスを引き剥がして、覆い被さるように唇を奪う。
理性の芯まで焼き溶かす、どろりと甘い蜜の澱。
互いの境界線は、すぐに消え失せた。
水音の湿っぽい振動が耳管を揺らす。
「……っは、喉、乾いた」
「……何か飲むか」
垂れ落ちそうな潤んだ蜂蜜。
巻き付けられて、逃れられない足先。
「とってきて。ダーリン」