SS
悪魔化した状態から救われた後、元々の体調不良も相まって指の一本も動かせなかった。
ただ意識だけはやたらとハッキリしていて、心配そうなみんなの顔に申し訳なかったな、とぼんやり思った。
けれど疲労感よりも罪悪感よりも、こんなにも自分は愛されていたのだ、と満たされたような気持ちの方が大きかった。
今すぐにでも眠ってしまいたいほどの倦怠感が全身を包んでいたが、雪の中で眠るわけにもいかない。
まともに動かない体をなんとか動かそうと、ありったけの力を振り絞りながら身動ぎをしていると
「……乗れ」
とミヤジに背中を差し出された。
なんの事か理解ができずに戸惑っていると、もう一度乗れと言われる。
「……もしかして、私の事おぶろうとしてる?」
「その体では歩けないだろう」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
私は一人で立てるから。
そう言って無理矢理立ち上がろうとして、よろける。
雪のせいでバランスを崩し、結果的にミヤジの背中に覆い被さるようにのしかかってしまった。
ミヤジはぐっと足を抱え直すとそのまま立ち上がって歩き出す。
「…………すまない、ミヤジ」
「遠慮はいらないと言ったはずだ」
「ああ……ありがとう」
さく、さく、と雪を踏みしめる音と、ミヤジの呼吸が混ざり合う。
温かい背中に身を任せていると無性に泣けてきた。
これも悪魔化をした弊害かもしれない。
「……ミヤジ」
「なんだ」
「本当に、ありがとう」
「……一人で抱えるなと言っていたはずだ」
「うん」
「何かの時は私に相談しろと言ったはずだ」
「うん」
小言を言う声が今までに向けられたことがない程優しくて、気付かれないように鼻をすすった。
体を密着させたこの距離だ。
きっと、気付かれてしまってはいるけれど。
頬を伝った一雫の涙はすぐに寒さで冷えた。
手を使って拭い取りたかったけれど、うまく動かせず、また、ミヤジに泣いているのかなんて聞かれたらいたたまれない気持ちになってしまうから、そっと服の袖に顔を擦り付けた。
「……ルカス」
「なに?」
「もうすぐ着くから」
温かい背中。優しい声。
ああ、私は知っている。この優しさを。
もうどれほど昔のことになるんだろうか。
幼い私は父の背中におぶられていた。
起きていることに気付かれたら下ろされてしまうと思って、眠ったふりをしていた。
父の隣を歩く母は起きていることに気付いているようだったけれど、柔らかな手で髪を掬いながら「もうすぐお家に着くからね」と言っていた。
夕暮れ時の幸せで、温かな時間。
もうとっくに忘れたと思い込んでいた遠い記憶を思い出した途端、ぼろぼろと涙が溢れ出す。
──会いたいなあ。父さん。母さん。
私は今、正しい道を歩めていますか?
私の選択に、間違いはなかったですか?
拭っても拭っても溢れてくる涙。
思わずミヤジの肩に顔を埋めながら声を押し殺して泣いていると
「──ルカス。……よくやったと思う。頑張ったよ、お前は」
と言われて尚更に涙が止まらなくなった。
ミヤジの服はすっかり濡れきっていたけれど、それに関して彼は何も言わなかった。
それが有難くもあり気恥ずかしくもあった。
ミヤジがゆったりゆったり歩いたおかげで、皆に追いつく頃には涙は止まった。
けれど目の周りが微かに熱を持っている気がして、ミヤジの背中に隠れるようにしながら案内された部屋まで運んでもらった。
「……ゆっくり休め。要る物があれば持ってくる」
「うん……」
ベッドに横たわったままミヤジの手を引く。
耳を寄せるように身を屈めた姿に、今日のミヤジはやけに優しいなあと思った。
「あの、さ」
「なんだ?」
「……少しの間、そばにいて」
「……眠るまでいるよ」
今日のミヤジはおかしい。
こんなにも、こんなにも優しい。
いや、今までは向けられていた優しさに気付かないふりを決め込んでいただけかもしれない。
その優しさは自分に向けられたものでないとそっぽを向いていたのかもしれない。
今日まで自分では向けられた優しさに気付いていると思い込んでいたけれど、これまでに皆が私に向ける思いの半分も受け取れていなかったような気さえしてくる。
「ミヤジ……」
「もう黙って目を閉じろ」
「うん……。あのね、……だいすき」
「……ああ。知ってるよ」
今日は私もなんだかおかしいな。
幼い子供に戻ってしまったみたいだな。
だいすき、なんて、何も考えずに伝えたのはいつぶりだろうな。
今日の私は随分と甘えん坊なことをする。
額を撫でるミヤジの手のひらが快い。
いつまでもずっとこうしていたくなる。
──目が覚めてすべてが幻想だったらどうしよう。
この優しさが本当は存在していなかったらどうしよう。
「……ルカス。大丈夫だ。大丈夫、大丈夫──」
見透かされたように大丈夫と繰り返されて、また目の端に涙が溜まっていたことに気が付く。
しばらくの間子供のように大丈夫だとあやされていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝になって目が覚めたら、手を握りしめたままベッドに突っ伏して眠っているミヤジがいた。
ああ、あの優しさは幻想などではなかったのだと嬉しくてまた一人静かに泣いた。
ただ意識だけはやたらとハッキリしていて、心配そうなみんなの顔に申し訳なかったな、とぼんやり思った。
けれど疲労感よりも罪悪感よりも、こんなにも自分は愛されていたのだ、と満たされたような気持ちの方が大きかった。
今すぐにでも眠ってしまいたいほどの倦怠感が全身を包んでいたが、雪の中で眠るわけにもいかない。
まともに動かない体をなんとか動かそうと、ありったけの力を振り絞りながら身動ぎをしていると
「……乗れ」
とミヤジに背中を差し出された。
なんの事か理解ができずに戸惑っていると、もう一度乗れと言われる。
「……もしかして、私の事おぶろうとしてる?」
「その体では歩けないだろう」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
私は一人で立てるから。
そう言って無理矢理立ち上がろうとして、よろける。
雪のせいでバランスを崩し、結果的にミヤジの背中に覆い被さるようにのしかかってしまった。
ミヤジはぐっと足を抱え直すとそのまま立ち上がって歩き出す。
「…………すまない、ミヤジ」
「遠慮はいらないと言ったはずだ」
「ああ……ありがとう」
さく、さく、と雪を踏みしめる音と、ミヤジの呼吸が混ざり合う。
温かい背中に身を任せていると無性に泣けてきた。
これも悪魔化をした弊害かもしれない。
「……ミヤジ」
「なんだ」
「本当に、ありがとう」
「……一人で抱えるなと言っていたはずだ」
「うん」
「何かの時は私に相談しろと言ったはずだ」
「うん」
小言を言う声が今までに向けられたことがない程優しくて、気付かれないように鼻をすすった。
体を密着させたこの距離だ。
きっと、気付かれてしまってはいるけれど。
頬を伝った一雫の涙はすぐに寒さで冷えた。
手を使って拭い取りたかったけれど、うまく動かせず、また、ミヤジに泣いているのかなんて聞かれたらいたたまれない気持ちになってしまうから、そっと服の袖に顔を擦り付けた。
「……ルカス」
「なに?」
「もうすぐ着くから」
温かい背中。優しい声。
ああ、私は知っている。この優しさを。
もうどれほど昔のことになるんだろうか。
幼い私は父の背中におぶられていた。
起きていることに気付かれたら下ろされてしまうと思って、眠ったふりをしていた。
父の隣を歩く母は起きていることに気付いているようだったけれど、柔らかな手で髪を掬いながら「もうすぐお家に着くからね」と言っていた。
夕暮れ時の幸せで、温かな時間。
もうとっくに忘れたと思い込んでいた遠い記憶を思い出した途端、ぼろぼろと涙が溢れ出す。
──会いたいなあ。父さん。母さん。
私は今、正しい道を歩めていますか?
私の選択に、間違いはなかったですか?
拭っても拭っても溢れてくる涙。
思わずミヤジの肩に顔を埋めながら声を押し殺して泣いていると
「──ルカス。……よくやったと思う。頑張ったよ、お前は」
と言われて尚更に涙が止まらなくなった。
ミヤジの服はすっかり濡れきっていたけれど、それに関して彼は何も言わなかった。
それが有難くもあり気恥ずかしくもあった。
ミヤジがゆったりゆったり歩いたおかげで、皆に追いつく頃には涙は止まった。
けれど目の周りが微かに熱を持っている気がして、ミヤジの背中に隠れるようにしながら案内された部屋まで運んでもらった。
「……ゆっくり休め。要る物があれば持ってくる」
「うん……」
ベッドに横たわったままミヤジの手を引く。
耳を寄せるように身を屈めた姿に、今日のミヤジはやけに優しいなあと思った。
「あの、さ」
「なんだ?」
「……少しの間、そばにいて」
「……眠るまでいるよ」
今日のミヤジはおかしい。
こんなにも、こんなにも優しい。
いや、今までは向けられていた優しさに気付かないふりを決め込んでいただけかもしれない。
その優しさは自分に向けられたものでないとそっぽを向いていたのかもしれない。
今日まで自分では向けられた優しさに気付いていると思い込んでいたけれど、これまでに皆が私に向ける思いの半分も受け取れていなかったような気さえしてくる。
「ミヤジ……」
「もう黙って目を閉じろ」
「うん……。あのね、……だいすき」
「……ああ。知ってるよ」
今日は私もなんだかおかしいな。
幼い子供に戻ってしまったみたいだな。
だいすき、なんて、何も考えずに伝えたのはいつぶりだろうな。
今日の私は随分と甘えん坊なことをする。
額を撫でるミヤジの手のひらが快い。
いつまでもずっとこうしていたくなる。
──目が覚めてすべてが幻想だったらどうしよう。
この優しさが本当は存在していなかったらどうしよう。
「……ルカス。大丈夫だ。大丈夫、大丈夫──」
見透かされたように大丈夫と繰り返されて、また目の端に涙が溜まっていたことに気が付く。
しばらくの間子供のように大丈夫だとあやされていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝になって目が覚めたら、手を握りしめたままベッドに突っ伏して眠っているミヤジがいた。
ああ、あの優しさは幻想などではなかったのだと嬉しくてまた一人静かに泣いた。